参番隊03:253話沿い

ここがオレのいるべき戦場・3


 関東卍會との抗争の最中、総大将を務めるマイキーにパーちんはタイマン勝負を仕掛けた。
 パーちんの出所後初の再会に、感動の涙はない。あるのは拳と怒号のみ。それすらもまともに届いていない状況を見上げては、きつく下唇を噛みしめる。

 無機質なコンテナの上で繰り広げられるふたりの戦いは、あまりにも一方的だった。

 東京卍會参番隊の隊長として、オレの相棒として。共に喧嘩に明け暮れたパーちんの腕前はかなり強い部類に入る。東卍の中でもバリバリの武闘派。自他共に認める看板に偽りはない。
 数年のブランクがあってもその評価に見合う実力は健在で、相変わらず拳に体重を乗せるのも上手ければ、カウンター必至の状況で踏み込む胆力もちっとも衰えていなかった。
 パーちんより強い男はそういない。一番近くで見て来たオレが断言するんだ。その認識に間違いなんてない。
 だが、そんなパーちんすら敵わない相手が稀にいる。その筆頭がマイキーだ。
 格上と言えるマイキーに挑んだパーちんは、バカだから防御なんて言葉は知らないんだろう。固く握った拳をただまっすぐに突き出しているが、そんな正攻法でしかない攻撃は一撃たりともマイキーには届いていなかった。
 体当たりにも似た勢いで拳を繰り出したパーちんを難なく躱したマイキーは、その勢いを活かすようにパーちんの腹に膝を突き刺す。何度仕掛けたところでカウンターを食らわされ続ける姿に、誰よりもパーちんの強さを信じるオレですら〝パーちんはマイキーに勝てない〟なんてクソみたいな考えを脳裏によぎらせてしまうほどだった。
 みるみるうちに血に染まるパーちんを見つめ続けるのは、思ったよりも胸に迫るものがあった。遠目から見ても、まるで歯が立たない様子に、止めに入りたい気持ちが生まれないと言えば嘘になる。
 ――今すぐ駆けつけて助けになってやりたい。パーちんが倒れるなら、オレも一緒に。
 だけど、邪魔はできない。
 負け戦だと知って、それでも挑むと決めたパーちんの意志を蔑ろにすることだけは決してしてはならないと自分に言い聞かせ、助けに行こうとする足を押さえつけるべく膝裏に力を込めた。
 ――パーちんがマイキーに会いたがってたのは、オレが一番知ってるんだ。見守らなくてどうする。
 血反吐を吐きながらも、指先ひとつ届かない反撃をパーちんは繰り返す。その姿を目にするだけで、奥歯を噛みしめても堪えきれない感情が目元に迫り上がってくるのを感じた。
 ――負けんなよ、パーちん。
 固く握った拳をさらに強く握りしめ、同じくらい強く、パーちんの無事をひたすらに願った。

 ***

 マイキーとの再会は、出所したパーちんにとって、唯一、叶わなかった願いだった。

 長内を刺した罪を償うため少年院に入っていたパーちんは、出所以来、共にいられなかった過去を埋めるようにいろんなヤツらに会って回った。同じ中学だった三ツ谷やはもちろん、ドラケンや河田兄弟、千冬や八戒らにも都合をつけては会いに行った。
 顔の広いパーちんが会いたがったのは、東卍の連中に限った話ではない。渋谷二中の同級生や後輩はおろか、学校外の知り合いなんかにも顔を見せに行くもんだから、パーちんの彼女であるもりユミもとうとう腹に据えかねたらしい。の家に遊びにきたもりユミは、オレと顔を合わせる度に「彼女のハズなのにアタシとの時間ないんだけど!」って文句を言ってきた。「久々なのは他のやつらも同じなんだから許してやれよ」と宥めたが、「ぺーやんはいつもパーちんについて回ってるからそう言えるんでしょ!」って噛みつかれたのも、もはや懐かしい記憶ってやつだ。

 だが、そんな楽しいだけの日々も、半月も経たないうちに不穏な空気をもたらした。

 場地の墓参りに行ったり、一虎に手紙を書いたりと忙しなかったパーちんが、不意に同じノリで「オレ、まだマイキーに会えてないんだよな」と笑った瞬間、その場にいた全員が凍り付いた。
 ――そりゃ無理だ。
 柄にもなく押し黙ってしまったオレを慮ったが、もうマイキーには会えないこと、そしてその理由をさらりと説明していたが、起こった事件のほとんどを伏せたうえでの決別宣言なんて、バカなパーちんには理解できなかったらしい。何度もオレたちに「だからなんでマイキーと会わないんだよ」と詰め寄ってきた。
 なんででも、と言い聞かせたところで黙って頷くようなパーちんではない。時には殴り合いの喧嘩に発展したこともあったが、オレやだけでなく三ツ谷たちも頑として口を割らなかったのが堪えたのだろう。そのうち話題に出しても無駄だと悟ったらしいパーちんは、マイキーに会いたいとは言わなくなった。
 そうやって、マイキーの存在に触れない日々を過ごし、いろんなヤツらとの再会を果たし終えたパーちんもいつしか気持ちに区切りをつけたようで、本格的に稼業を継ぐべく林田不動産に就職した。
 営業として働くには不動産関係の資格が不可欠だ。宅建合格に向け、共に慣れない勉強に勤しんだ。だが、残念ながら人には向き不向きがある。互いに不良だったオレとパーちんは、当然ながら頭のデキがいいはずもなく、明らかに向いてない勉強に苦労させられた。
 それっぽい本を開いては「ケンぺー率ってなんだ?! ぺーやんの仲間か?!」と叫ぶパーちんに対し「知らねぇよ、そんなヤツ!」と怒鳴り返す日々に苛立ちを感じなかったと言えば嘘になる。だが、散々言い合いながらも、共に過ごす日々はあまりにも懐かしく、肌によく馴染んだのもまた事実だった。
 勉強がイヤになったパーちんが「授業でもないのになんで勉強なんかしてんだ?」と真理に気付いたと言わんばかりの顔をする度にがなだめすかしたり、オレが3回読んで理解した内容を10回読んでも理解できなかったパーちんにキレられたり。騒がしくも愛おしい日々を過ごす中、新しい環境に慣れる毎日に奔走し、なんとか店に出るだけの知識を無理矢理叩き込んだころには、パーちんはマイキーどころか東卍の話も滅多に出さなくなっていた。
 それでも、話題に出てこなくても、パーちんの気持ちが変わっていないことには早い段階で気付かされることになる。
 林田不動産内の一角に、役職部屋という名目で資格勉強の場を与えられたパーちんの机には、いつの間にか古い写真が置かれていた。その写真――東京卍會結成記念の写真を見下ろしたオレは、「マイキーに会うのを諦めてはないんだろうな」と悟った。同じくも気付いていたみたいだが、特に言及はせず休日にバイクで遠出する計画を立てては機嫌良く笑うパーちんを「勉強してください」とたしなめるだけだった。

 月日は流れ、社会人ってのも板につき始めたころ。オレらの周囲は再びきな臭くなりはじめた。
 梵というチームに所属していたドラケンが抗争の最中に殺され、その場に居合わせたタケミっちが病院送りになった。
 あまりにも衝撃的な事態に驚き、その裏にマイキーの存在が見え隠れするようになると、苦い思いが胸に広がった。それでも、タケミっちの見舞いに行った時でさえパーちんは自分の気持ちを決して表には出さず、タケミっちを励ますに留めていたんだから、大したヤツだと思う。

 だが、今日のように接近してしまえば、パーちんの抑えが効かなくなるのは明白だった。
 抗争でタイマン張れば、話が出来る。
 そう気付いてしまったパーちんは、マイキーを目と鼻の先に捉えた今、「マイキーと会って話がしたい」と久しぶりに口にした。

 この再会が、たとえパーちんの望むような形ではなかったとしても、パーちんがまたマイキーに会いたがる日が来たら、「行ってこい」と背中を押してやると決めていた。

 ――今が、その時だ。


 ***

「マイキィイ!!」

 旧湾岸貨物操車場にパーちんの叫びが響いた。怒りも恨みもなく、ただまっすぐに伸びるその声を耳にするだけでひどく胸の内を掻き乱される。
 だが、おおきく振りかぶった拳は呆気なくマイキーに躱され、そのまま鋭い一撃がパーちんの首筋を襲った。何度目かの蹴撃。その中でも致命的な一撃が決まった。
 遠目から見ているだけのオレや周りの敵さえも「終わった」と確信するほどの威力に見えた。だが、それでもパーちんは倒れない。その姿を見あげているだけで、鼻の奥にツンとした痛みが走る。

「……パーちん」

 無意識のうちにパーちんの名前を呼んでいた。誰に聞かせるでもないその声は、当然、パーちんにも届かないまま消えていく。
 不意に手の中に痛みを感じた。不思議に思いながら手のひらを見下ろせば、握った拳の中にはいつの間にか血が溜まっていた。切りそろえた爪で手の皮膚を突き破るほど強く拳を握っていたことに気付き、思わず口元を引き締める。
 手のひらを伝い、指の間先から血が滴り落ちるのを感じながら、再びコンテナの上へ視線を戻す。
 あいにく声は聞こえないが、パーちんがマイキーに向けて何かを語りかける姿を見ていると、ふと中学のころの記憶が蘇ってきた。
 ――あの頃からずっと、パーちんはマイキーが大好きだったもんな。
 中学に入学した直後、パーちんはマイキーに負かされた。強い奴がいると聞いて挑みに行くのは小学生の頃もよくあったが、喧嘩で負けたなんて話を聞いたのは初めてだったから強烈に覚えている。
 だが、もりユミ以来の敗戦に落ち込んだり塞ぎ込んだりするかと思いきや、パーちんは放課後になると度々マイキーの中学に乗り込んでは勝負を仕掛けはじめた。挑んでは負け、挑んでは負けを繰り返し、気付けば片手では足りないほどの敗北の山を築いていたと思う。
 殴っても蹴っても、次の日にはコロッと忘れたかのように挑みに来るパーちんに「マイキーもしつこいなって呆れてたぜ」って教えてくれたのはドラケンだった。同時に「面白いヤツだって笑ってたけどな」という話も。
 勝負を挑んでいるうちに互いの強さを認め合ったのだろう。いつの間にかマイキーと仲良くなっていたパーちんは、三ツ谷やドラケンたちと共に東京卍會を結成した。
 あれからずっと、パーちんは東卍を――マイキーを大事に思っている。
 場違いな思い出が頭の中を巡る中、動きようのない現実が目の前に現れる。時間にして数秒。たったそれだけの間と言ってしまえばそれまでだ。
 マイキーの蹴りに耐えていたパーちんの倒れる姿が、見上げた夜空に浮かぶ月よりも鮮烈に、目に焼き付けられる。覚悟していた敗戦であっても、実際に目の当たりにすると涙がこぼれそうになった。
 結局、最後までパーちんの拳はひとつもマイキーには届かなかった。
 助け起こすでもなく、追い討ちをかけるでもなく倒れたパーちんがいる場所を見下ろすマイキーを見つめ続ける。なんの感情も伝わってこない冷めた顔つきに、どこか寂しいような、諦めのような感情が生まれ、胸の内にトゲが刺さるような痛みを連れてきた。
 ――なぁ、パーちん。オレらはマイキーにとってなんなんだろうな。
 一瞬浮かび上がった情けない考えは、頭を横に振るうことで払い落とした。
 ――ンなもん、どーだっていいワ。
 パーちんはマイキーに負ける。初めからそんなことわかっていた。それでも、マイキーと会って話をするためだけに、タイマン勝負を挑んだパーちんをオレは誇りに思う。
 ひとつ長い息を吐き、目に浮かんだ涙を特攻服の袖で拭い去る。鈍い痛みの残る手を強く握りしめ、観戦から戦闘へと気持ちを入れ替えると、軽く俯いていた顔をあげる。
 ――パーちんが倒れた今、あとに続くのはオレの役目だ。

「……ぺーやんくん」


 喧騒の最中、呼ばれた声に振り返ればこちらに歩み寄ってくるの姿が目に入った。オレがパーちんの戦いを見届けられるように背後の戦いを引き受けてくれたためとはいえ、さっきよりもボロボロの風体で戻ってきたに思わず顔を顰める。
 今にも死にそうな顔をしたは、オレの目の前に辿り着くと弱々しく口元を緩めた。いつもより覇気のない笑い方に軽く唇を尖らせる。
 もしかしたらは限界が近いのかもしれない。幹部クラスとの対戦がなかったとは言え、かなりの数を相手に戦えばそれなりに消耗する。オレらみたいにガキの頃から喧嘩三昧ならともかく、中学に入ってから喧嘩を覚えたようなでは、これだけの数を相手にするのは骨が折れたことだろう。
 だが、オレはパーちんみたいに優しくない。ここまで来て「休んでろよ」なんて言葉は、絶対口に出してやらない。オレが差し出すのは、コイツを引っ張りあげる言葉だけだ。

「オイ、。まだまだイケるよなァ?」
「……愚問ですね」

 尋ねれば、はいつになく自信ありげな声で答えた。
 ――何が愚問だよ。ゼェゼェ肩で息をしやがって。
 青い顔をしたに呆れにも似た感情が沸き起こる。まぁ、そんな答えが返ってくることをわかった上で確認するオレもオレか。
 額から流れ落ちた汗を拭うをじっと見下ろす。目が合えば、まだ虚勢を張るつもりなのか、はニィッと歯を見せて笑った。
 ――ったく。どいつもこいつも。
 つい先程、パーちんがマイキーに声をかけたときも、今のと同じ顔をしていたことを思い出せば自然と口元が緩んだ。腹を括っているのは、どうやらオレだけではないらしい。そう気付くと同時に、頼もしさにも似た感情を覚えた。

「ッシャ! オマエも気合い入れろよッ、!」
「あっ、待って。そこ傷口……」

 ハッパをかけるべく強く胸を叩いてやった。だが、当たり所が悪かったらしく、は情けない呻き声をあげる。それが致命傷で倒れるだなんて事態は起こらなかったが、それでも響く痛みに耐えられないらしい。は先程よりも背を丸めてしまった。
 痛みを取り繕いもしない態度に顔を顰めつつも「ワリィ」と口先だけで謝れば、はますます非難がましい視線をこちらに向けてきた。だが、オレに訴えかけるよりも気を紛らわせる方を選んだらしく、痛みを追い出すようにフーッと長く息を吐くだけだった。腰に手を当て俯いたまま、深呼吸を繰り返す姿を横目で見ながら、の回復を待つ。

「そういや……オマエ、マイキーと戦うの初めてだよな?」
「いえ。二度目、ですね」
「アァ? マジかよ。いつ?」
「えぇ……、忘れたんですか? ぺーやんくんが先にぶっ倒されたときですよ。武蔵神社の」
「あぁ、アレか」

 納得したと言う代わりに頭を揺らせば、背後でが小さく笑う声が聞こえた。恐らく、の脳裏にも、東卍解散後、マイキーにボコボコにされた記憶が浮かび上がっているのだろう。

「オマエらのことは嫌いになった。だからもう会わない」

 たしか、マイキーにはそんなことを言われたんだと思う。これ以上ないほど苦い思いをしたはずなのに記憶が曖昧なのは、の言ったとおり、いの一番にオレがぶっ飛ばされたからだ。
 最初はいつもの気まぐれかと思った。信じられないと驚いたり嘆いたりすることもなく、シンプルにマイキーの言葉が理解できなかったオレは、いつもと同じ調子でマイキーに近付いたのがいけなかった。

「アァ? 何言ってんだ? マイキー」
「! 下がれッ! ぺーッ!!」
「あ?」

 いち早く危険を察知した三ツ谷の声に気を取られた瞬間、飛んできた拳を避けきれず一撃でノックアウト。後でに聞いたところ二撃目も食らわされたらしいが、そんなもんオレは知らないんだからノーカンだ。

「――だからあの日以来、ですね」
「そーだな……。あの時はドラケンや三ツ谷がいても無理だったんだ。オレらふたりで挑んだところで十中八九負けちまうだろうな」
「ご謙遜を、と言いたいところですが……パーちんくんが敵わなかった相手に勝とうなんておこがましい話ですよね」

 パーちんの強さを信じているからこその言葉を口にしたは、キュッと眉根を寄せてコンテナの上を振り仰ぐ。うっすらと口元に笑みを浮かべているはずなのにどこか泣きそうに見える横顔を見ていると、こっちまで釣られて顔を顰めそうになった。
 だが、軽く拳を握ったのも束の間、いつものお調子者じみた顔つきに戻ったは、ことさら明るい声で「ハァー」と溜息に似た声を上げる。

「オレもまさか〝無敵のマイキー〟に喧嘩を売る、なんて……。そんな大それたことを実行に移すとは夢にも思ってなかったですよ」
「ハァ? なに言ってんだ、オマエ。あんなに色んなやつに喧嘩売り回ってたじゃねぇか!」
「いやいや! 誤解ですって! オレは喧嘩を売られる立場からた出た覚えないですよ!」

 顔の前で手を振って否定するは中学入学したての頃にパーちん相手に喧嘩を売ったことをすっかり忘れているらしい。ったく、なんでもすぐ覚える癖に肝心なことは忘れるなんて、都合のいい脳ミソ持ってんな。そう呆れるがまま溜息を吐いてはみたものの、自分も似たような立場にいることを思えばをバカに出来なかった。
 ――オレだって、負けると分かってて勝負を仕掛けるなんて、そんなバカなマネをするのはパーちんだけだと思ってたっつーの。

「でもよォ、ここまで来たら引けねぇだろ」
「えぇ……パーちんくんの言葉も――心も、マイキーくんには響いてはないかもしれませんが、オレたちが諦める理由にはなりませんからね」

 一縷の望みを残したかのような言葉を口にしたを首だけで振り返る。目を伏せ、何やら決意したような顔つきに、自然と口元が緩んだ。

「じゃあ、ボチボチ行くか」
「えぇ、行きましょう」

 息が整うまで、束の間の談笑を楽しんだオレたちは、マイキーに挑むべくコンテナを振り仰いだ。だが、マイキーに向かって何らかのアクションを取るよりも先に、遠くから「ぺーやん! !!」と叫びながらこちらへ駆け寄ってくるふたりの姿が横目に入ると、ついそちらに気を取られてしまう。

「マイキーと戦うつもりなんだよね?! ふたりとも怪我してるみたいだけど、大丈夫?!」
「大丈夫じゃなくても、オレらでバチボコにしてやんねぇとなぁ?」

 駆けてきたのは河田兄弟だった。人の心配なんてしてる場合じゃないだろうにこちらを気遣うアングリーと、いつも以上に意気込んだ様子のスマイリーは、痛みなんて知らないとばかりに力強い笑みをこちらに向ける。

「どうします? 4人もいることですし、作戦でも立ててみますか?」

 顔を合わせたことで、いち早くが場をまとめにかかる。だが、そんなの必要ねぇとばかりにオレは即座に口を挟んでやった。

「作戦だァ? ンなもん決まってんだろ」
「あぁ、一択しかねェな!」
「……と、言うと?」

 オレの言葉に乗っかったスマイリーもまた、迷いはないようだった。反対にとアングリーには伝わらなかったようで怪訝そうに眉根を寄せている。つまんない心配なんていらねぇんだよ。そう口にする代わりに、ニィッと笑いかけてやる。

「正面突破だッ!」

 一言一句違わず重なったオレとスマイリーの言葉に、とアングリーは目を丸めた。だが、オレらが意見を覆すはずもないとすぐさま悟ったのだろう。互いに目線だけで気持ちを探り合ったふたりは、同時に固くなった表情を解いた。

「ハハ、無謀」
「でも、たしかにマイキーが相手じゃ、作戦なんて立てたって意味ないもんね」

 呆れて笑っただが、決して反対はしなかった。同様にアングリーも納得したらしく深く頷いて口元を引き締めた。ここまで来たら、ヤるかヤられるかの勝負だ。心配なんてするヒマがあったら、前を向いて走った方がよっぽどマシだ。
 気持ちを新たにしたオレは、3人にそれぞれ視線を差し向けるとひとつだけ頷いて空を振り仰いだ。

「マイキー!!」

 大声で名前を呼ぶと、マイキーの視線がこちらに落ちてくる。相変わらず何を考えているのかわからない顔つきを目の当たりにすると、手のひらの中にちくりと痛みが走った。

「降りてこい!」
「オレらが相手だ!!」

 4対1で仕掛けるのはフェアじゃない。まともな喧嘩なら絶対にしない。だけど、きっと、それだけの人数を揃えたところでオレらはマイキーに負ける。
 ――それでも何か、ひとつだけでも、オマエに届けばいいとオレは願うよ。

「行くぞ、ッ!」
「はいっ!」

 コンテナから降りてくるマイキーを待つ間、に声をかける。横目で確認すれば相変わらず青白い顔をしていたが、その目と声はいつも以上に覇気に満ちていた。
 視線を正面に戻すと、数メートル先でマイキーが歩みを止めたのが目に入る。オレら4人を見ているようで、見ていない。ぼんやりとしているワケでは無いのにそんな違和感を覚える視線を受け止めきれないままマイキーにどう対峙すべきか身構えていると、不意にマイキーが口を開いた。

「次はぺーか……。オマエ、パーの姿は見てなかったのか?」

 いやに静かな声だった。怒ってるようにも威圧するようなところもない。ただ、腹の底が見えない表情と合わされば、これ以上ないほど不気味に見えて思わず半歩後ずさってしまう。
 怯む姿をマイキーがどう捉えたのかは知らない。だが、オレが躊躇ったところで、まったく意に介さないマイキーは、侮るでもなく蔑むでもなく、相変わらず虚ろな目でこちらを見るだけだった。

「見てたに決まってんだろ! だから次はオレの番なんだよッ!」
「……そうか」

 鈍い反応に奥歯を噛みしめながらも反射的に怒鳴り返せば、一言零すと同時にマイキーは目を伏せる。だが、次の瞬間、顔を上げたマイキーは真っ直ぐにこちらをハッキリと睨みつけると、薄く唇を開いた。

「オマエなんか一発だぞ」

 冷めた顔つきで吐かれた言葉に思わず喉を詰まらせる。その言葉は、いつかオレがマイキーに向かって口にした言葉だった。
 ――そんなセリフを吐いたこともあったな。
 顎を引き、表情を隠しながらも、どうしても口元が綻ぶのを抑えられなかった。懐かしむほどでもない記憶。それでもマイキーの中に残っているのだと知ると嬉しくなってしまう。
 長内を刺したパーちんを東卍が見捨てたと思い込んだオレは、敵対するチーム――愛美愛主と手を組んで東卍の敵に回ったことがある。その時、恨み言をぶつけたオレを正面切って叱ってくれたのは、マイキーだった。
 パーちんのことしか考えられなくて暴走したオレを咎めるでもなく、辛いのは自分も同じだと、気が済むまで自分を殴って東卍に戻ってこいと、言ってくれた。あの時、マイキーが止めてくれなければ、オレはもっとつまらないヤツになっていただろう。

「だとしても引けねぇだろ」

 一切の躊躇も迷いもない言葉を口にしたオレは、ニイッと口角を上げる。
 たとえ一発でぶっ飛ばされたとしても、オレは真っ直ぐにマイキーに向かっていく。その決意が伝わったのか、それともまったく響かなかったのか。冷めた表情をしたマイキーの反応を見てもさっぱりわからない。
 ――それでも、やるしかねぇって腹を括ってんだよ、こっちはよ。
 裏切ったオレ相手でさえ「仲間と争いたくない」と言ったマイキーが今、あの日のオレ以上に笑えてないのなら〝こんなの間違っている〟と突きつけられるのは、あの時、道を正してもらえたオレだけだ。
 決意を込めて口にした言葉に呼応するように拳をきつく握りしめた。だが、虚勢を張って緩めた口元を引き締める間もなく、マイキーの姿が揺らぐ。
 反射的に上体を反らせばこめかみ狙いの爪先が目の前を過ぎる。初撃を躱したものの、ぐらついたところに宙を飛んだマイキーの回し蹴りがガラ空きの腹に入った。息もできない衝撃に膝をつきそうになる。だが、目で捉えるよりも先に肌が泡立つ感覚が走り、横っ飛びに避ければつい先程まで頭があったであろう場所を鋭い蹴りが通り過ぎた。
 腹に食らった一撃はもとより、空を凪いだ爪先の風圧が耳の端を掠めただけで、腹の底から冷えるような恐怖を覚え、全身の毛が逆立つような感覚を味わった。神社でぶちのめされた時でさえ、手加減されていたのだと知る。
 ――クソッ、こんな重い攻撃をパーちんは何発も耐えたのか。
 やっぱりパーちんの耐久力はゴリラ以上だ。そう感心したのも束の間、こっちに向かって蹴りを繰り出そうとしたマイキーの爪先が消える。二撃目に備えるべく腕でガードしようとした。だが、衝撃よりも先に、脇から飛び出てきたがマイキーの蹴りをまともに食らって吹っ飛んだのが目に入る。

ッ!!」

 思わず叫んだオレの声に、は反応しなかった。マイキーの蹴り自体は咄嗟に両腕でガードしたようだが、食らったダメージは相当デカかったらしい。地面で頭を打ったのか、はたまた吹っ飛んだ先でコンテナにぶつかった衝撃か、頭から血を流し倒れる姿が見て取れる。
 恐らく、はもうこの戦いのうちに起き上がれはしないだろう。

「よそ見してんじゃねェよ! 早く仕切り直せっ!」
「今はマイキーに集中して!」

 の様子に一瞬意識を取られたオレに、スマイリーとアングリーの喝が飛んでくる。ふたりの言うとおり、今は戦いに集中しなければ。
 痛む腹に力を入れ、立ち上がると同時に視線を正面に戻せば、河田兄弟の猛攻をあしらったマイキーの拳が眼前まで迫っていた。

「ぐッ……!!」

 反応が追いつかず、避けることもガードすることも出来ないままモロに顔面に食らってしまう。立ち上がったばかりの無防備な身体には、即座に殴り返すほどの備えはない。
 この場を立て直すには倒れるわけにはいかないと、頭を横に振りたたらを踏むオレに、マイキーは容赦なく踏み込んでくる。
 ――クソッ! 避けらんねぇっ……!
 咄嗟に腕を顔の前で交差させガードする。だが、そんな付け焼き刃の守りで防ぎきれるはずもなく、右頬に熱湯でもぶっかけられたかのような痛みが走った。
 血の気が引いたのか、街灯が落ちたのかと思うほど目の前が暗くなる。頭から滴る血の熱や、心臓がバクバクと鳴動する音がいつもよりリアルに感じられ、痺れが脳天から爪先へと駆け抜ければより一層、限界の近さを実感させた。
 ――まずいな、これは。
 薄暗い景色。その中心にいるマイキーを見据える。生涯の友と信じた男のこれ以上無いほど冷めた表情を、ぶっ壊してやりてぇ。身体の方が先に悲鳴を上げちまったが、その気持ちは、まだ衰えていない。
 ――じゃあ、進むしかねぇだろ。
 殴られた拍子に口内に広がった鉄の味を吐き捨て、倒れたがる膝に拳を叩き込む。
 正直、これが最後の一撃になる予感はある。それでもオレは、前へ進む。そう気持ちを奮い立たせると、ブレる視界に抗うようにマイキーに向かって真っ直ぐに走った。





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