ありふれた害心
巨人によって殲滅され、廃墟となりつつあるこの街――シガンシナ区。ここに潜伏したオレたちの日々は、決して快適とは言えないものだった。当面の暮らしに必要な食料や水は随時供給されるから問題がない。だが、いつ来るとも知れない敵を待ち続ける日々ははひどく根気が必要だった。
これからあと何日、否、何ヶ月経てば、終わるんだろうか。外壁の上に座り込み、遠い内壁を眺めたところで、信煙弾どころか馬の砂塵ひとつさえ見えてこない。辟易した気持ちを抱えきれなくて、大仰に溜息を吐きこぼした。
鬱陶しい感情なんて無視しよう。そう思い直し、「軽食用に」と持たされたサンドイッチを口に運ぶ。パンにレタスを挟んだだけの簡易的なものだが、瑞々しさの残るレタスと間に挟まれた調味料の絶妙なバランスはよく口に馴染んだ。口の周りに付いたパンくずを舐め取りながら、壁の下へと視線を落とす。
遠い地上に、巨人の姿はない。壁の外にいて、巨人の脅威に晒されないで済んでいる理由はいくつか考えられる。
多くの人間の集まる場所へと惹かれる巨人の習性により、ここよりも遙か先のトロスト区側へ向かったというもの。また、オレたちがここに潜伏して以来、新しく『楽園送り』の執行がなされていないというのも理由にはなるだろう。
だが、その一番の理由は戦士長が握っている。不思議なことに、戦士長の脊髄液を打たれた者は、戦士長の任意のタイミングで巨人に変貌し、簡単な命令であれば聞き分ける能力を持っていた。
ウトガルド城で目の当たりにした、月夜の中で動いた巨人もまた、戦士長の命令で動いていた、らしい。
戦士長の口から簡易的に聞かされた説明を頭に思い浮かべた途端、どろりとした居心地の悪さが胸の中に沸き起こる。口元を固く結び、吐き出しそうな感情を抑えつけた。
瞬間的に、頭をよぎったのは同期の嘆く姿だ。混乱の中、残された記憶は今もオレの中に根強く刻み込まれている。
あの時は、オレたちはまだ調査兵団の人間で、あいつらと『仲間』だった。
いねぇよ……もう、おしまいだ……。どこにも……ねぇんだよ。
普段は明るく、真面目な話よりもバカみたいな冗談を口にすることの多かったコニーの身に突如として降りかかった災難。現状を目の当たりにし、にわかに暗い影を落とした声色。鮮烈に蘇った絶望の声を遮ることは出来ないのに、耳に手のひらを押し付ける。
記憶というのは厄介だ。一度頭に思い浮かべば、オレの望む、望まないに関わらず、勝手気ままに脳裏に映し出される。暴力的なまでの思考の渦に、囚われまいと頭を振るう。何か、別のことを考えなければ。そう意識しないと、また悲哀と後悔を繰り返し、罪悪感の波にさらわれてしまう。
反射的に背けていた視線を、空へと向ける。だが、仰ぎ見た空は、この島に来て何度も眺めてきたものだ。いつ見たか、そして誰と見たか。
島に来てすぐには無理だった。心に余裕が出来たのは、壁の中に入り、そして訓練兵となった時だ。ぼうっとしていられるようになり、久しぶりに緩んだ気持ちで空を見上げたとき、隣には、誰がいたか。その数は両手では足りないなんて明白だ。
――この空は、あいつらとも繋がっている。
そう思った途端、振り払おうとした記憶が余計に絡みついてきた。迂闊だった。今は、何を目にしてもそこに結びついてしまうらしい。
歯を食いしばったところでそんな抵抗で効果が現れるわけではない。漠然と感じていた疑問がどんどん頭の中で形になっていく。
ついこの前も、胡乱な目付きになった人たちを戦士長が連れてきた。彼らもまた、ラガコ村の住民なんだろうか。それとも、ほかの村を襲ったのか――。
考えた途端、背筋に冷たいものが走った。ついさっきまで普通に暮らしていた人たちが、巨人にされる。いくら見聞きしていたとしても、そんな現実は簡単に受け入れられるものではない。
喉の奥が詰まるような感覚は息を殺しているときのものによく似ている。誰にも見つからないように、責められないようにと逃げる気持ちが、自然と身体を強ばらせていた。
目の前にある疑念の答えは、戦士長に聞けば、教えてくれるのかもしれない。だが、聞いたとしても関わりのある場所だったら何を思えばいいのか。これ以上、罪を重ねたところで、もう何を言うべきか誰に謝るべきかもわからない。今はもう、そんなことにいちいち胸を痛めることさえも、煩わしい。
一瞬、顔を見せた罪悪感。それを見ないふりをして、サンドイッチを口の中に押し込んだ。だが、さっきまでは美味いと感じていたものが、ただの口の中を圧迫するだけのものへと変貌する。
気持ちひとつでこんなにも感じ方が変わるんだな、だなんて嘆いたところできっともうこのサンドイッチを美味しいと思うことはできないんだろう。大仰に溜息を吐きこぼし、塞ぐような心地とともに飲み下す。
真下へと差し向けていた視線を起こし、壁の上から降りると、手近な家の屋根へと立ち降りた。立体機動装置を収めながら、周囲を見渡す。オレたちがたどり着いた時と比べて、街の様子が随分と変わってしまったことを感じながら、その要因へと視線をずらした。
鎧の巨人の力を持つライナーと、同じく獣の力を持つジーク戦士長。ふたりが拳をひとつ振るう度に、文字通り、立ち並ぶ家が吹っ飛んだ。
事の発端は、これからの方針を固めるべく話し合った際に、ふたりの主張が食い違ったことにあった。
アニの奪還を優先したいと主張したのはライナーだ。ライナーは、この壁の中に潜入した当初から、何もかもをアニひとりに押し付けたことへの罪悪感に突き動かされているように見えた。
一方、座標の奪取を優先させると主張した戦士長も意見を譲ることは無かった。初めのうちは答弁を重ねたふたりだったが、一向に折り合いはつかない。15分ほど言い合ったころあいだっただろうか。先にしびれを切らしたのは戦士長の方だった。
「意見が合わない以上、もうこれ以上の討論は無用だ。力尽くでわからせるしかないようだな」
そう宣った戦士長に、ライナーは若干は怯みつつも、それでも
「俺が勝ったら、アニを助けに行くと約束してくれるんですよね」
と、立ち上がった。
オレたちが潜伏して5年あまり。その間、兵士として過ごしてきたオレたちとは違い、巨人としての修練を積んできたであろう戦士長に敵うはずがない。そんなこと考えなくたってわかることなのに――。
案の定、ふたりの戦闘が始まってからは、一方的な展開が続いていた。鎧が単純な接近戦しか繰り出せないのに対し、獣は間合いを取り、瓦礫を礫に変えて鎧へと投げつける戦法に長けていた。蓄積されるダメージは、どう贔屓目に見たとしても鎧の方に多く折り重なっていた。
不利な状況でも一歩も引かない鎧の姿に目を細める。マルセルを喪い、リーダーとして演じ続けるあまり、自分を失っていったライナーの責任感が具現化しているようだ。歪で、穴だらけで、それでも立ち上がる姿が痛々しい。
ふたりの激しい戦闘を眺めながら、こちら側にやってくるようなら逃げなきゃな、などと考えていた矢先だった。
やっとの思いで取っ組み合いに持ち込んだ鎧の努力も虚しく、拘束を掻い潜った獣の長い腕が近くの家の一角を掴み、至近距離でその礫を鎧へと投げつける。その動きに気づいた鎧は、剛速球を躱そうと体を捻り、腕を前に突き出し防ごうとした。だがその動きが間に合うはずもなく、心臓あたりにおもいっきり数発の礫――と、言っても、実際は岩石くらいの大きさは余裕であるのだろうが――をくらっていた。
いくらライナーが忍耐強いといっても、あれだけのものをくらってはひとたまりもないのだろう。衝撃に仰け反った身体を奮い立たせ、再度獣に向き合った鎧だったが、それ以上は耐えきれないとばかりに地に膝をつけ、そのまま前のめりに倒れ込んだ。
「ライナー!!」
ベルトルトの叫びがその場に響く。オレと同じく遠くで観戦していたらしいベルトルトは、ライナーを救わんと地を駆けていた。
だらしなく肢体を地面に投げ出し、倒れ臥した鎧の巨人はピクリとも動かない。
身体を纏う鎧の装甲は巨人化した当初の半分以上が無残にも砕け散っている。まるで皮膚そのものを剥がされたかのように赤く、惜しみなく筋繊維をさらけ出してしまっているさまを眺め、その痛ましさに眉を顰めた。
複数箇所に見られる蒸気は傷つけられた巨人に見られる現象だ。傷の修復を試みているようだが、それが治ったところで中にいるライナーが気絶しているようでは、もうこの戦闘を続けることは難しいだろう。
ふたりが暴れ回った周囲には、まともに建つ家はひとつもない。それどころか、初めから何も無かったかのようにきれいに均されてしまっている。オレの記憶に残る街並みや戦闘の及ばなかった区域と、今、目の前にある惨状との差異が、戦闘の激しさを実感させた。
鎧の方へと視線を戻せば、うなじに辿り着いたベルトルトが、周囲の肉を削ぎ、ライナーを抱え起こしている様子が見てとれた。
「くっ……」
ライナーの両脇に手を差し入れ、その体躯を引き上げようとするベルトルトは苦悶の表情を浮かべている。ただでさえ、ライナーは俺たち同期の中でも一、二を争うほどに屈強だというのに、気絶してしまっているからこそ体の力が抜け、体重がかかるのだろう。顔を歪め、歯を食いしばったベルトルトは、力を振り絞り、ライナーと巨人の肉体とを繋げる神経を引きちぎった。
「勝ったぜ。アニちゃん助けるのは後な」
「――!」
「座標の奪取を優先。当然だろ?」
倒れ伏す鎧の傍らに立てた両膝を開いたまま腰を下ろした獣は、ふたりに言い聞かせるというよりも、挑発するかのような態度で言い放つ。
歯痒さに下唇を噛み、いつになく険しい表情を浮かべたベルトルトは、ライナーを抱えたまま戦士長を睨みつける。
「ここで待ってりゃ。あっちから来るんだし」
飄々とした態度で獣の巨人のうなじから出てきた戦士長は、ポケットから取り出したハンカチで眼鏡を拭き始めた。余裕綽々な態度に、ベルトルトはますます苛立ちを募らせているようだった。
「はぁ……」
気だるげにひとつ息を吐き、戦闘の余韻に浸る戦士長は、随分と満足そうだ。自分の言うこと、やることがすべて正しいのだと言いたげなその背中が、ここからはよく見えた。
隙だらけの背中に、刃を叩き込んだらどうなるか。考えたのは一瞬だった。躊躇いひとつ挟まずに、オレは両手でブレードを抜き、トリガーに指をかける。
「なっ……! !」
短く叫んだベルトルトの声に、戦士長はハッとした顔でこちらを振り返る。一瞬、視線が絡みついた。だが、戦士長が獣の巨人の背から転がり落ちるようにして飛び降りてしまえば、簡単に引き剥がされる。瞬く暇もないほどの早業だった。
振りかざしたブレードで追いかけたが、目標は既にその場に無く、僅かに残された左手首の先を切り落とすだけで精一杯だった。転々と血の跡を残し、戦士長を追うように転がり落ちたそれを目で追いながらブレードを翻す。
――惜しいな。今、ベルトルトさえ声を上げなければ、その首を落とせたかもしれないのに。
遠くなった背中に一瞥を投げ、そんなことを考える。追撃しても良いんだけど、さすがに2回襲いかかるほどの気持ちはなかった。
手元に視線を落とし、血の付着するブレードを表、裏と確認する。細身の刀身に、べっとりと脂と血液が付着していた。倒せば蒸発する巨人の血と違い、人間の血液は一度血振りをしたくらいでは簡単に落ちない。
折ってしまってもいいんだけど――どうするかな。
チラリと手元に視線を落とし、刀身から滴り落ちる血を眺める。
この区域にも、以前は駐屯兵団がいたはずだ。いくら5年前の襲撃以前は100年間の安寧が続いたとはいえ、ブレードやガスを備蓄するための倉庫のひとつやふたつはあるだろう。軽い考えと共に周辺を探してはいるものの。まだ探り当てることができていなかった。
事が起こる前には見つけたいと思っているが、現状は替刃も心許ないし、面倒くさいけど手入れしておくか。
そんなことを考えながら、サンドイッチを包んでいた紙をポケットから取り出し、鋒を拭っていると、左腕を抱え込んだ戦士長がオレを見上げていることに気がついた。忌々しげにオレを見上げる双眸に目を向けると、待ちわびていたかのように戦士長は口を開いた。
「――お前……今、本気で殺しに来たよな?」
「そんなことないですよー?」
ニッと口元を曲げて笑いかけてみせたが、信じる気は毛頭ないとその表情が物語っていた。不審げにオレを見上げる戦士長は、顔を歪めたままだ。
「俺がライナーに勝ったら座標を優先させるって約束だっただろ?」
「それはオレとの約束では無いですよねー?」
凄む戦士長の言葉をそのまま打ち返すと、戦士長は唖然とした表情でオレを見上げた。理解しがたい者を目にしたと言わんばかりの戦士長に、オレは口角を上げて応える。
「あ、なんならこうしましょうか。最終的に立ってたやつの言うこと聞くって。今なら戦士長、巨人にはなれませんよねー?」
血を拭ったばかりのブレードを持ち替えて構えてみせると、戦士長は半身を引き、警戒心を顕わにした。
「冗談キツいよ、お前……そんなにアニちゃんが大事か」
的外れな指摘に、オレは目を丸くした。もちろん、アニを助けたいと思うライナーの考えを間違っているとは思わないし、オレだって助けられるもんなら助けに行きたい気持ちは充分にある。
いつ来るともしれない相手を待ちわび、無為の時間を過ごすより、アニを助けに行った方が有益だ。
だが、今の行動にアニは微塵も関係ない。ならば何に突き動かされたのか。ただの衝動を説明するのは酷く億劫だ。差し向けたブレードを納め、右手で反対の口の端を引っ張りながら口を開く。
「まぁ、戦士長よりは付き合い長いんでー」
適当な言葉を差し出すと、戦士長は呆れたような呻き声を口にした。戦士としての自覚が、だの、信念がどうだ、などと、口にする戦士長の言葉を聞き流しながら、オレはそっと息を吐きだす。
時折、耳に入る戦士長の言い分を聞く限り、戦士長がマーレのために始祖を奪還すべきだという主張を変えることはないだろう。多分、それが戦士として正しい行動だ。オレたちがもう一度、兵士に戻ることはないのだから、戦士として正しい道を進むという主張に、本来ならば従うべきなんだろう。
――だけど。
そこまで考えて、いつの間にか地面に落としていた視線を戦士長へと戻す。一通りの説教を口にした戦士長は、オレに言い募ったところで何の効果も無いとようやく理解できたらしい。眉根を寄せ、息を吐いた戦士長は、呆れたっぷりの声音でオレに皮肉を差し出す。
「お前ねぇ……そういうことばっかりやってるとモテなくなるよ」
「あー……オレは、そういうのはいいです」
別方向から攻撃を仕掛けてきた戦士長の大人げなさに苦笑して応じた。
「なんだ、もうその年で枯れてんのか?」
「あのねー……戦士長こそオレにそういう説教したかったら先に彼女作ってからにしてくださいよー」
「ハァ? お前は知らないかもしれないけど俺だってなあ――」
「自慢話には興味ないんで要らないですねー」
長くなりそうな気配を察し、会話を断ち切ってやると、戦士長は唖然とした表情でまた「ハァ?」と声を上げた。だが、先程の経験が早速活かされたのか、オレに話を聞く気が無い場合は何を言っても無駄だと、悟ったらしい戦士長は大仰な溜息とともにオレから視線を外した。
ただ、それでも何も言わずに腹に抱える気にはなれないらしい。苦虫を噛み潰したかのような顔で戦士長は何事かを口にしていたようだが、届かない声に耳をそばだてるつもりは毛頭ない。耳たぶを指先で擦り合わせて耳障りな声を遮断した。
それでも少しは期待があったのか、戦士長の視線がこちらへと転じられる。だが、依然として目に見えて話を聞く気がないオレの態度に、戦士長は深い溜息を落とすだけだった。
戦士長の視線が外れたのを感じ取り、その横顔に視線を向ける。
「――あの時、もし、戦士長が来なければ、オレたちが無事じゃ済まされなかったのは理解してますよ」
そっと言葉を紡いだ。あまり大きな声で発したわけではなかったが、耳ざとく聞き付けたのか、戦士長の視線がこちらへと戻ってきた。
「理解してて斬りかかったのかお前は」
手首を斬り落とされたことを相当根に持っているらしい戦士長の言い分に、口を狙った方がよかったかもしれないな、と内心で悪態をつく。殺意にも似た感情が浮き彫りになったことに、オレはほんの少しだけ自分に対して驚いてしまう。
それと同時に、かつて、言われたユミルの言葉が耳の奥に響いた。
――お前はもっと、一歩引いて周りを見れるやつだっただろ。
オレもそう思ってた。初めから踏み込まないし踏み込ませない。相手に都合のいい顔をして、自分の出来る範囲で適当にやっていれば楽だった。だけど、だからと言ってなんでもかんでも相手の言い分を受け入れられるというものではない。
敬うなんて、きっと無理だ。心の奥に残る引っかかりがそれだけはさせないと抗っている。
調査兵団の連中と一緒になって、エレンがあの城へと辿り着いたのを目にした瞬間、アニが始祖の巨人の奪取に失敗したのだと悟った。
捕獲され、幽閉されているのか。それとも逃げおおせたのか。それさえもわからない。だが、マーレからの定期船が月一でこの島に来ると知りながら現時点でオレたちと合流できてないことを思えば、身動きの取れない状況に追い込まれていることは明白だった。
その状況を顧みれば、あのタイミングがベストだった。もし何も起こらないまま、あの妙な待機場所から兵団本部へと戻っていれば、オレたちもまた捕らえられていただろうから。
巨人の力を持つライナーやベルトルトならともかく、アッカーマンとしての力さえも覚醒していないオレでは、精鋭の兵士を前に抵抗なんて出来なかっただろう。逃げることも出来なければ、拷問なんて受けて黙っていられるほどのマーレに対する忠義心もない。
その窮地から救ってくれた戦士長は命の恩人だ。そうやって、感謝や敬意を戦士長へ差し出すべきだ。頭ではそう理解している。だけど、理解と納得は別物だ。
もし、あのタイミングで戦士長が来なかったら。
もし、ライナーとベルトルトと3人だけで難なくあの城から離脱することが出来ていれば。
女型と顎を失った咎は免れることはできないだろう。だけど、ユミルを巻き込むことはなかったかもしれない。
ありもしないたらればを頭の中で繰り返す。どうしたら、ユミルを犠牲にせずにいられたか。考えても答えは出ないのに、何度も何度も考えてしまう。頭の中はずっと、そればっかりだ。
後悔に重さなんてないはずなのに、ずっしりとした感覚が今も胸の奥にある。自然とシャツの胸のあたりに指が動いた。掛け合わせの部分が指に触れると同時に、ぐしゃりとそれを握りしめる。だが、触れもしないものを追い出すことなんて出来るはずもなく、握りしめることで生まれた窮屈さだけが感覚として残るだけだった。
「おい、! 反省しているのかお前は。次、同じ事をやったらお前も俺の巨人にしてでも言うことを聞かせるからな」
黙り込んだオレに、戦士長は物騒な言葉を投げかけてきた。これ以上、反発したら本当に巨人にされてしまいそうだ。誰かからこぼれ落ちた巨人を掬い上げるためならともかく、無垢の巨人にされるのはさすがに割に合わない。
陰鬱とした気持ちに蓋をして、オレはいつものように目を細めて戦士長へと笑いかける。
「納得はあんまりしてませんけど、ちゃんと言うこと聞きますからー」
「本当か? 信用できないな……」
顔を顰めた戦士長は、オレの本意を探ろうとしているのかじろじろとこちらを睨み付けてくる。あんな脅され方をして戦士長の視線に反発するほどの気概はない。敵意はないと示すため、人好きのする表情を浮かべ続ける。
「だーいじょうぶですって。さっきのはちょっとした反発心なんでー」
「なんで俺がお前に八つ当たりされないといけないんだよ」
なんで、と聞かれたことで思わず目を丸くしてしまう。だけど、選んだ道が間違っていたのではと疑う気持ちを、誰かにわかってほしいわけでもない。もとより、言い募るつもりもない。
「いやいや、戦士長ってばわかってないなー」
「はぁ?」
「八つ当たりなんて理由がないのが当然でしょー?」
正当な理由なんてない。あのタイミングで戦士長が来なかったらよかったのに、というクソみたいな衝動ひとつで戦士長に斬りかかっただけ。ただ、それだけの話だ。
釈明ひとつ挟まないシンプルなオレの言葉に、戦士長は唇を歪めた。
「……お前、もう、本当に次はやるなよ?」
「はーい」
疑いの眼差しと共に念を押した戦士長に、オレはいつものように間延びした返事をする。おまけに、と手のひらを上に向けたのがいけなかったんだろうか。戦士長は顔全体を歪めてみせた。
「……反省の色は無しか」
「オレ、そういうのあってもあんまり表に出てこないんでー」
「よく言うよ、まったく……あーぁ、もう……」
ついてる方の手で髪をかき乱した戦士長は、聞こえよがしに大仰な溜息をこぼした。反対の手に視線を落とし、手首から先の修復にかかる。
時折、聞こえてくる「痛ぇ痛ぇ」という恨み節を聞き流しながら、ベルトルトとライナーの方へと視線を向けた。ぐったりとしたライナーを抱えたベルトルトと視線がかち合う。ぎこちない笑みを浮かべたベルトルトに、オレは肩を竦めて応えた。