國神02:芽吹く春の響く青を

芽吹く春の響く青を



「今、好きな男子っている?」

 中学に入ると、女子同士の間でそんな話題が上る機会が増えた。興味本位で聞いてくる子もいれば、意中の男子と仲がいい相手に探りを入れるように聞いてくる子もいる。仲のいい友達の間ではなおさらで、昼休みに入ればここぞとばかりに教室の隅でヒソヒソ話が交わされた。
 今日もそうだ。お弁当を食べ終え、ひとつの机を4人で囲んだ私たちはサッカー部の先輩がかっこいいなんて話題が持ち出されるまま、コイバナに花を咲かせる。その流れで隣のクラスの子がその先輩と付き合ってるなんて話になり、隣のクラスと言えば、で「國神くんって良くない?」なんて、錬介の名前が挙がった。
 こういう時、小さい頃から知ってる相手が誉めそやされると身の置き所がないような感覚に陥ってしまう。簡単に同意も否定も出来ないむず痒さに相槌を打つだけに徹していたところ、不意に友人のひとりがこちらを振り返った。

「そう言えば、ちゃんって國神くんと幼馴染なんでしょ? 今もたまに一緒に帰ってるよね」
「あ! 私も見たことある!」

 不意打ちにも似た指摘に思わず喉奥で言葉を詰まらせる。たしかに友人らの言う通り、錬介と一緒に帰ることもある。だけど錬介と合流するのはお互いの友人らと別れたあとの帰り道がほとんどで、学校からもかなり離れた後なので、誰にも知られていないと思ってた。

「――一緒に帰る、ってほどじゃないけど。ホラ、家が近所だと帰り道一緒になるでしょ? 錬介、友達を無視するタイプじゃないから」

 まさか、知られていたとは。そんな驚きを飲みくだせないまま、言い訳みたいな言葉を並べると「たしかに」と同意の声が上がった。

「なんかわかるかも」
「気兼ねない感じだもんね、國神くんって。しゃべったことないから知らんけど」
「知らんのかいッ」

 ノリよくツッコミを入れる友人に紛れて笑っていたのも束の間、こちらへ戻された視線はまたもや錬介の話題を運んでくる。

「でもいいなぁ。國神くんって男子とはしゃべるけど女子とはそんなにじゃない? 何か仲良くなるコツとかないの?」
「どうだろ……。私の場合、物心ついたときから、って感じだから」

 長年の付き合いがあるからこそ、スタートラインはわからない。そう説明すれば、納得したらしい友人らは口々に「あー……。わかる……」と感嘆の声を漏らした。

「そういうの強いよねー、幼馴染。でも私も隣のクラスに幼馴染……って程じゃないけど、保育園の頃の知り合いいるけどさ、今じゃさっぱり会話なんてないよ」
「わかる。中学入ってからなおさら距離出来たよね」
「やっぱアレじゃない? 男女の友情は成立しない、ってやつ」

 錬介の話題から男女の友情をテーマにそれぞれの幼馴染談義に移り変わったことに安堵の息を吐きかけた。その瞬間だった。

! スマン、ちょっといいか?」
「ッ錬介!?」

 ガラリと教室のドアを開き、顔を出したのは、たった今まで、話題の中心にいた錬介だった。突然現れた錬介に友人らが色めき立つ。だが、錬介はそんな様子には一切構わずに教室へ入ってきたかと思えば、泰然とした態度のまま私の隣に立ち、いつもの調子で顔を覗き込んできた。

「? どうした? そんなに驚いた顔して」
「ウッ……。ううん、何でもないの。それより、どうかした?」

 ついさっきまで錬介の話題で持ちきりだった手前、錬介の登場に驚かずにはいられない。運良く、話題は既に変わった後だったので聞かれてはないと知りつつも、どこか身の置き所がないような心地に陥った感は否めなかった。
 いつになくドギマギする私を、固唾を呑んで見守る友人らの視線を感じながらも、平静を装って錬介と向かい合う。どこか納得はいかない部分が残っているのだろう。軽く首を捻った錬介だったが、深くは追求せず「あぁ、悪い」とひとつ頭を揺らしながら話を切り出してきた。

「持ってたら、でいいんだが英語の教科書と辞書、貸してくれないか?」
「うん。持ってるけど……珍しいね、錬介が忘れ物するなんて」
「それが数学の先生が体調崩して午後から帰ることになったらしくてさ。急に時間割が変わったんだよ。だからウチのクラスの連中、大慌てで」

 聞けば昼休みに入る直前、いきなり倒れ込んだ数学の先生の代わりに「午後の授業は英語に変更だ」と英語の授業を受け持つ担任から通達があったらしい。あまりにも急すぎて次週のプリントを用意する間もなかったとかなんとか理由はあるらしいが、生徒にとっては急遽予定になかった授業の教科書を用意しなければいけない事態に陥ってしまったことには変わりない。
 軽く周りを見渡せば、錬介のクラスメイトたちが大勢こちらのクラスに入り込んでいるさまが見て取れる。今頃、他のクラスも同じような状況にあるんだろうなと思えば、早めに教科書を確保しておきたい錬介の気持ちもわかるような気がした。

「そっか。災難だったね」
「先生がな」

 自分たちに苦労はないと断言する錬介に、ほんのりと口元が緩む。こういうところが、錬介っぽくて――。続きかけた言葉を頭の中から追い出し、机の中に仕舞い込んでいた教科書を取り出すと、錬介へと差し出す。

「はい。今日はもう、英語の授業無いから返すのはいつでもいいよ」
「あざっす。汚さないように気を付けます!」
「大袈裟」

 差し出した2冊を両手で受け取った錬介は、恭しく下げた頭の上で掲げると私に向かって一礼する。そんな大仰な仕草にむず痒くなってしまった私は、錬介から目を逸らし、今度は鞄の中を検めると英単語の問題集を取り出した。

「こっちも使うんじゃない? いる?」
「いるいる!」

 食い気味に返す錬介に苦笑しながら「ハイ」と差し出せば、「あざざっす!」と錬介はさらに頭を下げた。

「あっ、そうだ。、今日、用事がないなら部活の後、一緒に帰らないか? お礼に肉まんかジュース奢らせてくれ」

 面を上げた錬介は、渡したばかりの三冊を小脇に抱えると、さらりと誘いの言葉を投げかけてくる。あまりのあっさり具合に、正面に座っていた友人が息を呑む音が聞こえてきた。

「えぇ……。このくらい、気にしなくていいよ」
「借りっぱなしは悪いだろ」
「悪いだなんて……。急に時間割が変わっただけじゃない。それに、そんな風にちゃんとお礼されちゃうと、次、私が忘れ物したときに、錬介から教科書借りづらくなっちゃう」
「その時はが奢ってくれたっていいんだぞ」

 冗談めいて言う錬介は、わざとらしく目を細めて意味深な目線を向けてくる。そんな意地悪な顔をしても、錬介の頭の中にはお礼をすることしかないんだとわかりきっていた私は、自然と眉尻を下げるほかなかった。

「――っと、悪い。長居して。授業終わったら返しにくるけど、部活終わった後もよろしくな」
「うん。わかった」
「先に帰ったら家まで押しかけるからな」

 冗談とも本気ともつかない言葉を口にした錬介は、手のひらを翳しお礼の代わりにすると私の友人たちにも軽い会釈を残し、ささっと自分の教室へと帰っていく。その背中を無言で見送った私たちは、錬介の退出後、誰からともなく感嘆の息を吐いていた。

「――やっぱ、なんかイイよね」
「10点満点中の100点だよ」

 90点もどこからか持ってきた友人に苦笑しつつも、その意見には正直、同意せざるを得ない。幼馴染の贔屓目はあるにしろ、今まで錬介とのやりとりでイヤな思いをしたことがないからだ。
 だが、長年の付き合いで錬介の為人を十分知る私にとっては慣れた態度でも、友人らにとっては錬介を褒め称える要素にしかならないのはどこか面映ゆい。錬介の株が上がる様を目の当たりにしては居心地の悪さに拍車がかかり、思わず目線を泳がせてしまうほどだった。
 口元に指の甲を当てたまま、「まぁ、錬介はイイヤツだし……ね」なんて。同意しながらも、ハッキリしない態度を見せる私を目に留めた友人らは3人でそれぞれ視線を交わし合うと、どこか怪しげな視線をこちらに差し向けた。

「……ねぇ、ちゃんって國神くんのこと好きだったりしないの?」
「え? うーん……。どうかなぁ」

 好きかどうかと聞かれたら、好きに決まっている。だけど、今、友人が口にした〝好き〟の種類は私が、そして錬介も感じている友情とは別の意味を持つのだろう。そう感じ取った上で、言葉を濁すと友人らの眼差しにさらに好奇心が混ざった。

「否定しないってコトは?!」
「……ってコトは?!」

 なんらかの答えが欲しいらしい友人らの目はらんらんと輝いている。それに気圧されるままぐっと唇を真一文字に引き締めたが、期待の乗った眼差しから逃れる術を持たない私は、ほんの少し逡巡したのち、軽く眉尻を下げながら言葉を紡いだ。

「うーん……。たしかに、錬介のことは好きには違いないけど……そういうのじゃ、ないかな。そもそも幼馴染って難しくない? ホラ、さっきも隣のクラスにいるって言ってたでしょ? その人とは、どう?」
「えっ?! 私?! いや、たしかに最近はしゃべってはないけど……そういうのって……ホラ、思春期ってやつじゃん!? ねぇ?!」

 さりげなく私から友人のひとりへと話題をずらしてみれば、私以上にイイ反応を見せた彼女にほかのふたりも興味を移したようで、矢継ぎ早に質問を投げかけ始めた。その様子を眺めては時に口を挟んだり笑い合ったりしながら、友人の芽吹く前のコイバナに花を咲かせる。
 昼休みの喧噪に紛れながら教室の片隅で繰り広げられたその話題は結局チャイムが鳴るまで続いた。すっかり錬介の話題からは逸れてしまったことに内心で安堵した私は、首の裏にほのかに灯った熱を払い落とすようにうなじの辺りを撫でつけながらも気持ちはすでに放課後の帰り道へ向かっていた。



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