千早02:ギャップ

誰にでもある二面性

「――おっと」

 担当区域の掃除を終え、まとめたゴミを出しに向かうべく体育館脇の道を歩いていると、角を曲がろうとしたところで男女ふたりが向かい合っている現場に行き当たった。
 固い表情を浮かべた女子から漂う緊張感に、告白現場だと察っしてしまった俺は思わずその場を後退る。だが、ゴミ箱を抱えて出てきた以上、このまま持って帰るわけにはいかないし、この先にあるゴミ捨て場に辿り着くためにはこの道を通るほかない。
 ――出直すか?
 頭にチラついた考えを実行に移すか否か。軽く検討してみたが、俺が立ち去ったところでそのうち他の人間が来る可能性は残る。であれば、この場に留まって次に来る相手にも突入しないようにと止めてやるのが優しさのような気がする。
 ――って、なんで俺がそこまで気を払う必要が?
 釈然としない心地に自然と溜息が漏れたが、やはりその場から立ち去る選択は取りがたいままだった。動かない爪先を睨みつけ、そのまま空へ視線を転じる。青々とした空は、やけに爽やかに見えて、ささくれだった気持ちをほんの少しだけ落ち着かせた。
 微かに耳に届く告白の言葉を極力聞かないように気を配る。何も関係の無い相手ならばそこまで気を回さない。だが、告白されているのがチームメイトであれば、多少なりとも自然に配慮が生まれる。
 ――本当に、勘弁して欲しいですね。
 傍らにゴミ箱を置き、首の裏に手をやると、校舎の影に身を潜めながらこちらに背中を向ける男にそろりと視線を伸ばす。表情は見えないが、その後ろ姿から告白されているのは要くん――それも智将モードであることが推察された。
 ――まぁ、そっちの姿ならあるでしょうとも。なんと言っても智将・要圭ですからね。
 シニア時代に垣間見た為人や高校に入ってからの関わり合いを振り返れば、少なくとも智将モードならば女性に告白されてもおかしくないと断言できる。だが、理解と納得はまったくの別物で、要くんが告白されることでこちらに被害が出るのなら話は別だとばかりに腑に落ちない感情が湧き出てきた。
 だいたい、ここより先はゴミ捨て場しかないとは言え、今は掃除時間の真っ只中。いわばゴールデンタイムだと言っても過言では無いのに、どうしてこんな時間にこの場所を狙うのか。せめて放課後や昼休みならば、人通りは少なかったはずなのに。
 甚だ理解しがたい状況に内心で不満を撒き散らし、早く終われと念じていると、不意に近くに人の気配を感じた。

「千早?」

 背後から聞こえてきた声にびくりと肩を震わせる。耳馴染みのいいその声の持ち主に察しがつきながらも、姿を確認するべく肩越しに振り返れば、予想通りそこにはが立っていた。壁に背をくっつけ覗き見なんて真似をする俺の姿は、さぞ滑稽に映ったのだろう。片手にゴミ箱を下げ、反対の手を腰に当てて仁王立ちするは、どこか呆れたような眼差しをこちらに向けていた。

「こんなとこでなにしてんの?」
「シッ!!」

 怪訝そうな顔をして近づいてきたに唇の前で指を立てて口を閉ざすように合図を送った。だが察しの悪いが「あぁん?」と悪態混じりの声を上げるものだから、つい手が出てしまう。
 手のひらをの唇に押しつけ、強制的に彼女の言葉を封じれば、急に触れたことに怒ったのか、行動を制限したことに腹を立てたのか、予想通りは暴れ始めた。

「いいから、黙ってあっちを見てください」

 手のひらの下で声にならない声を上げるに顔を近付けると、視線だけで壁の向こうを見るように誘導する。顔を真っ赤にして怒るの背中を押し、告白現場を見せてやればさすがのも状況を察したのか、親指と人差し指をくっつけてOKサインを掲げた。目を大きく開いたままのから手を放し、互いに壁に背中をくっつけながら視線を交わしあう。

「……盗み見か? 趣味悪いぞ」
「人聞きの悪いことを言わないでほしいですね。見たらわかるでしょ。あっちに用があるんですよ」

 声を潜めて反論しつつ足下に置いたゴミ箱を示せば、は「――あぁ」と納得した様子で頭を揺らした。俺と同じようにゴミ箱を抱えたは「どうすっかなー……」と小声でぼやくとそのままその場にしゃがみ込む。
 立って待つのもダルいとでも考えたらしい。のんびり待つと言わんばかりの態度に呆気にとられつつも、立って待つ義理もないと考えを改めた俺もまたその隣に腰を落とした。立てた膝の上で頬杖をつき、へ視線を戻す。目が合うと、吃驚したように目を開いただが、瞬きひとつ挟むうちにいつものムッとした表情を浮かべた。

「なぁ、告られてんのってもしかして要だったりする?」
「そうですよ」
「へー……。そういや、清峰も女子人気あるもんな。……もしかして千早も、っつーか野球部ってモテてんの?」
「さぁ、どうですかね」

 自分には縁遠い話だが、それ故に断言を避けてしまう。シニア時代にチームメイトとの友情すら上手く育めなかった俺の姿をよく知る相手に見栄を張る必要はないはずだが、ついはぐらかしたのは男の性質だった。
 煮え切らない答えをつまらないと感じたのか「ふぅん?」と相槌を打ったが唇を尖らせたのが横目に入る。興味を失ったと言わんばかりの態度に安堵を感じつつも、「答えを間違えたのでは」なんて新たな不安が頭を過った。だが今更話を蒸し返すわけにもいかないので、「何も感じてませんよ」と言う代わりに眼鏡のブリッジを押さえる手を翻し、から顔を隠すように手の甲で頬を押さえた。

「……まぁ、要って野球やってる時とクラスでの雰囲気がだいぶ違うもんな」

 俺と同じように手の甲で頬を抑えはじめたはクラスでの要くんの様子を思い出しているのか、軽く口元を緩める。その語調のやわらかさに、が少なくない好感を要くん相手に覚えているのでは、なんて考えが頭を掠めると喉の奥が詰まったような居心地の悪さを感じた。

「あれは智将の姿ですから」
「え? なにか違うの?」
「……いえ、特には」

 いつもの姿ではないからモテてもおかしくない。そんなニュアンスを含んで告げたがはいまいちピンと来ていないようだった。
 要くんの二重人格を知らないの当然な反応に、思わず口ごもってしまう。「なんだそれ」と続けたは、じっとこちらを見つめていたようが、俺が返事どころか視線すら返さないつもりだと見抜いた後は「まぁいいけどよ」と視線を外したようだった。

「あぁいうのがギャップってやつなのかねぇ……」

 ぽつりと聞こえてきた言葉に、今度は俺が唇を尖らせる番だった。さっきから見え隠れするの好意の片鱗が要くん相手に差し向けられているのがどうにも面白くない。だけど、それを咎める勇気も立場もない以上、俺が口を出すべき問題ではないだろう。そう考えると共に、おおきく息を吐き雑念を追い払った、つもりだった。だが、息を吐いたところで胸につかえた刺々しい感情は居座ったままで、これは嫌味のひとつでも口にしないことには薄れないのだと自覚する。

「そういえば、はシニアの頃、要くんに憧れていましたもんね。もしかしてもあのギャップにときめいていたりするんですか?」
「ハァーッ?! な、なに言ってやがんだ……オマエッ!」

 未練がましく残る感情を、いつものスタンスでもある皮肉に包んで差し出してやれば、小声ながらもは並々ならぬ反応を見せた。図星を指されての恥じらいにしては些か怒りに振り切れすぎているような気はするが、らしい反応に思わず笑ってしまう。

「そこまであからさまな顔をしなくても」
「あからさまってなんだよ! いや、まぁ、そりゃ憧れはちょっとはあったかもしんねぇけどでもあれは要に球捕って欲しいとか、そういうのだから! なんか、その、そういうんじゃないからな?!」
「そうですか」

 語彙力を放棄した代わりに勢いにまみれて荒々しく弁明を口にするに、淡泊な返事をする。俺のほうから冷やかしておいてさらりと流されたのが気に入らなかったのだろう。は「わかってねぇだろ、絶対……」とジト目でこちらを睨んできた。の反応にいつもの調子が戻ってくるのを感じた俺は、さらに追撃を与えるべく口角を上げる。

「でもせっかく同じ高校にいるんだし、清峰くんみたいに〝球捕れ〟って頼んでみたらいいじゃないですか。キャッチボールくらいなら要くんも相手してくれると思いますよ」
「それは別に……。今、爪こんなだしちゃんとした投球練習もしてないから失礼だろ」
「そこまで気にしないとは思いますけどね」

 いじけた顔をしたは伸ばした爪に施した装飾を親指の爪で弾きながらブツブツと「でもよぉ」と続ける。自ら望んで着飾っておきながら今は邪魔だと言わんばかりの態度に自然と眉尻が下がった。
 が本当に望むのなら俺が間を取り持ってあげてもいいとすら思えるのは、また〝昴〟の投球が見たいからにほかならない。シニア時代と変わらず、ヤスリが上手く使えないようなら「まるで成長していませんね」なんて、冷やかしながら整えてあげるのも悪くないとさえ思えた。
 智将モードならともかく、アンポンタンの助な要くんなら喜んで投球練習にも付き合ってくれるはずだという算段もあった。もっとも、女子に免疫のない要くんがまともにと会話が出来れば、の大前提があるのだが。

「そういう千早はどうなんだよ」
「何がですか?」
「……だから、その、なんだ? 要に憧れたりしなかったのかよ」

 の言葉に思わず口を噤む。 むしろあのふたりがきっかけで一度は野球を止めたまであると言うのに、憧れなんて抱くはずもない。――そんな感情すらおこがましいと、あの時は本気で思ったから。
 今でこそチームメイトとして仲良くしているが、小手指で再会しなければ再び野球を始めることすらなかったはずだ。その辺りの事情は一切に話していないので、もちろん文句や非難をぶつけようとは思わない。それでもなんにもわかってない顔をしたを見下ろしていると、自然と溜息がこぼれた。

「なんだよ! 溜息なんて吐きやがって!」
「なんだよもなにも、俺は要くん相手に憧れなんて抱いたことはありませんよ。プロならともかくアマチュア……ましてや中学生ですよ。憧れる前に挑むべき相手としか思ったことなかったです」
「……あぁ、オマエそういうヤツだったもんな」

 呆れを隠さない俺に噛みついてきたも、シニア時代を思い出してなにやら悟るものがあったらしい。苦虫を噛みつぶしたような顔に「心外ですねー」と返せば「どの口が」と返ってきた。いつもの上滑りな会話を楽しみつつも、ほんの少しだけ、やり返したいような心地に触発された俺は、が苛立つことを理解しながらもさらに言葉をぶつけるべく口を開く。

はわかりやすかったですもんね。どこどこのチームの、誰のバッティングがいいとか守備が上手いとか。よく巻田と騒いでいたでしょう?」
「チッ。よく覚えてるな」

 舌を打ち鳴らすと同時に顔を顰めたは、素直だから対戦相手のこともよく褒めていた。が他チームの投手を褒める度、「俺の方が強ぇ!」とがなり散らしていた巻田を思い出していると、数ある賞賛の中に〝大泉シニアの遊撃手〟への賛辞が含まれていた記憶までもが蘇る。
 あの頃はそこまで関わりが無かったはずのふたりが俺を通じて接点を持っている現状を思うと、どこか釈然としないものを感じたが、バツの悪そうな顔をしたを見ると溜飲が下がる思いが勝った。

「覚えてますよ。他チームの二塁手だけは褒めなかったことも」
「なっ!? なんで、それを……!」
「なんでもなにも。事実、そうなんでしょう?」
「ぐっ……!」

 一度言い淀んだも、ニヤリと笑いかけてやればその裏に挑発があると勘付いたらしく、怒りながらも食いついてきた。

「わっかんねぇじゃん! 裏で別のやつ褒めてたかもしれないじゃん!!」
「俺は聞いたことがないのでノーカンですね」

 ムキになって否定するの言葉をにべもなく否定する。まぁ、それは可能性としてはありえないとも言い切れないけれど、たった今、自身が否定したも同義だと思えばやはり二塁手に関しては褒めたことがないのだろうと信じきれた。
 その事実にむず痒い思いを抱きながらも、俺は更に言葉を投げかける。

「それで、はどういうギャップがお好きなんですか?」
「オイ、なんで話戻すんだよ」
「だって要くんたちの話が終わらないことにはここから立ち去りようがないでしょう? 会話ですよ、会話」

 向こうの事情だと言い聞かせると、ぎゅっと眉根を寄せたも仕方ないと思ったのだろう。首の裏に手をやり、襟足の髪を指先でつまみながら口を開いた。

「どうって……よくわかんねぇけど、アレだろ。普段しっかりしてるやつが案外抜けてるとか、そういうの」

 頭の上にクエスチョンマークを浮かべながらも一般的な回答を捻りだしたは、言葉にしながらもまるで実感がないように見えた。自分で言っても納得していないのか、「いや、待て。もう少し考える」と手のひらを突き出し反対の手で顔を覆ったに「どうぞ」と伝えれば、そのままのポーズでは唸り声を上げはじめた。
 言葉にならない声に紛れて「かわいい印象からのかっこいい仕草……いや、逆か?」と聞こえてくると、が真剣にギャップについて考え始めたのだと窺い知れた。なにもそこまで考えなくとも、と思いつつも、こういう話をとするのが珍しいこともあり、好きなだけ考えさせようと口を挟むのを控える。

「あー……あとは、アレか? 普段、大人しそうなやつが歯ァ見せて笑ってんのとか、いんじゃねって思うけど」

 待つこと十数秒。ひたすら悩み抜いたが提示したものは先程よりも具体的な答えだった。あまりにもあからさまな答えと〝いんじゃねって思う〟の一言に、の脳裏に誰かしらが浮かんでいるのだと察しがつく。
 誰のことだと追究してやろうかと魔が差しかけたが、明確な名前――たとえば山田くんの名前を挙げられたら、これから先どう対応して良いか迷いが生じる恐れがあったので「ふぅん?」とだけ返した。

「……なんだよ、そのリアクションはよ」

 俺の反応に不服そうな声を上げたは、指の間からじろりとこちらを睨みつけてきた。だがそんな視線を寄越されても、「いえ別に」としか返せない。やぶ蛇だったかと後悔にも似た感情が浮かび上がりかけたが、俺が他の反応を返すよりも先にが再び口を開いた。

「そういや、ち、千早も結構笑うようになったよな」
「え? 俺ですか」
「そーそー。シニアの時はいっつもしれっとした顔してたけど……最近、楽しそうじゃん?」
「はぁ、まぁ……おかげさまで」

 突然、俺の話に飛んだについ面食らってしまう。言葉を返したところでが「そーかよ」と鈍い反応しか寄越さないのでなおさらだった。こちらに突き出した手は下ろしたものの、顔を覆う手は剥がれない。物理的に読めない表情を窺うのは困難で、今度は俺が頭の上にクエスチョンマークを撒き散らす番だった。
 こちらに視線ひとつ戻さないにますます疑念は大きくなる。散々からかった手前、反撃されているのかと警戒してしまっているのも、思考を鈍らせる一因となった。
 なんとなく、会話を続けていられなくて、俺もまた黙りこくってしまう。妙な沈黙が流れる間、気まずさに負けて正面に向けていた視線を、意を決してへと戻せば、何故かは自分の膝頭に顔を埋めていた。

「え、? どうかしたんですか?」
「……なんでもねぇよ」

 言葉こそ刺々しいものの、どこか弱々しい語調に「おや?」と首を傾げる。相変わらず表情は見えないが、髪の隙間から覗く耳が真っ赤に燃えているのが目に入ると〝いつものっぽくない〟なんて考えに思い至ると同時に、瞬時にその熱が俺にまで襲いかかってきた。
 たった今、話題に出したばかりのギャップを目の当たりにすると首の裏に熱がこもるような心地がする。動揺を悟られまいと、口元を隠すように手を添えると、わざとらしくならない程度に顔を背けた。

「そ、そうですか」

 素っ気ない返事だが、今の俺にはそう返すのが精一杯だった。相変わらずの反応が返ってこないこともあり、次第に首だけでなく耳にかけてまで熱が広がっていくのを感じる。
 居たたまれなさに葛藤しつつも横目でを盗み見ると、もまた同じタイミングでこちらに顔を向けた。だが、目が合った瞬間、またしても顔を伏せたに、ドキリと心臓が高鳴った。
 ――もしかして、さっきのギャップって俺の話だったりする、のか?
 先程のの言葉を脳内で反芻する。自分で言うのも変だが、たしかにシニア時代の俺は大人しい方ではあった。他人に興味を持たなかったと言えばそれまでだが、要因はどうあれ結果としてあの頃からは随分様変わりしたことをがギャップとして捉えていてもおかしくはない、かもしれない。
 思い当たる節がないわけでもない状況に思わずごくりと喉を鳴らす。
 都合のいい解釈だと理解しつつも、期待する心は止められない。どくどくと早鐘を打つ鼓動に急き立てられるように答えを確かめるべく、に話しかけようとした。

「あの、――」
「千早と……か?」

 俺がに話しかけるよりも先に、頭上から声が落ちてくる。慌てて顔を上げれば、先程まで女子と話していたはずの要くんがこちらを覗き込んでいた。要くんの登場に、もまた勢いよく顔を上げ、そのまま飛び跳ねるように立ち上がる。

「何してるんだ、こんなところで」
「なっ、なにっつーかココ、通り道だから! ゴミ捨ての!」

 要くんに噛みついたは、脇に置いていたゴミ箱をひったくるようにして掴むと素早い動きで俺たちから距離を取る。

「じゃあ、私は先に行くから! 昼休みなくなっちまう!」
「あぁ、また教室で」

 要くんの返事を受けたは、反対の手を掲げると「じゃあな!」とゴミ捨て場に向かって駆けていく。嵐のような立ち去り方と、聞きたかった答えが永久にわからないままになる予感に俺は深い溜め息を吐いていた。

はクラスにいる時と雰囲気が違うんだな」
「あぁ、あれはシニア時代の話し方ですよ。男社会に馴染むための処世術みたいなものの名残ですのでお気になさらず」

 立ち上がり、身なりを整えながら要くんの質問に答える。シニア時代を生きた〝の〟の話し方だと説明すると「なるほどな」と要くんは頭を揺らした。目線が近くなり、改めて要くんを振り仰いだが、その視線がの背中を追っているのか、こちらに向けられないことに微かな違和感を覚える。

「……もしかして、に興味がおありですか?」
「まさか。投手時代の話なら少し聞いてみたい気もするが……昔話をするような間柄ではないし、取り立てて興味もないな」

 ふと、気になったことがそのまま口をついて出た。まずいと思ったのも束の間、取り繕うよりも先に要くんから返事と共に視線が返ってくる。視線が交差すると同時に自信ありげに緩められた口元に、すべてを――俺が気付いていないものまでをも見透かされたような気がして思わず息を呑んだ。
 わずかな変化でも智将の目には違和感とて残ってしまったのだろう。要くんはフッと意味ありげに笑った。

「それに、もし聞きたい話があったとしても千早を通して聞くよ」
「……理由をお伺いしても?」
「たいした理由じゃないさ。ただ、から話を聞くなら先に千早に聞いてもらった方が話が早く済みそうだと思ったからな」
「あぁ、たしかに」
「だろう? だから千早に任せるよ」

 にこりと笑った要くんの意図をこちらから読むことは難しい。どこかはぐらかされたような居心地の悪さは残ったが、要くんの言葉には疑う余地はなかった。
 要くんの言う通り、は言葉が拙いきらいがある。コントロール重視な投球とは裏腹に擬音語混じりで感覚派な説明を披露する相手では会話に難儀する未来しか見えない。ならばの話を俺が頭に入れてほかの人たちに伝えた方が、聞く方にとっては労力が少なくて済むだろう。
 そこまで考え、 要くんの言葉に納得すると同時に、にわかに羞恥に似た感情が湧き出てくる。
 要くんは今、と話すことに対し、言外に煩わしさを示した。だが、俺ならばその時間を惜しまないだろうとも言い当てたのだ。
 たしかにと話す時間を苦に感じたことは無い。それは紛れもない事実だが他人に指摘されるとどこかむず痒い。まして人をよく見ている要くんから言われるとなおさらだった。
 いまだ涼し気な表情で俺を見下ろす要くんを無言で見返しながらメガネを押し上げる。油断ならない相手だが、配慮もなくそこかしこに言い触れるような人物ではない。そう信じるしかないだけと言ってしまえばそれまでなのだが、そもそも俺がの扱いに慣れている点を弱みだと思わせなければいいだけの話だ。
 打開策を思いつくと同時に気持ちを入れ替えるときゅっと口元を引き締める。

「それよりどうして智将になってるんですか? 野球でもないのに」
「あぁ。思春期を拗らせた主人が俺のフリをすればモテると考えたようで実行に移したまでは良かったんだが……実際女子に話しかけられテンパってしまったみたいでね」
「アハハ、バカですね」

 くだらない話に水を向け、置きっぱなしにしていたゴミ箱を両手に持つと、ゴミ捨て場に向かって歩き出す。意外にも隣を歩き始めた要くんと野球談義に花を咲かせながら歩きながらも、俺はまだ首裏にかすかに残る熱を持て余していた。

 このあと、ゴミを捨て引き返してきたと鉢合わせることになるのだが、当然、互いに何食わぬ顔ですれ違った。それでも真横を通り過ぎた瞬間、自然と視線がを追ってしまったこと。そして、それを要くんに見られ、あまつさえ生暖かい視線で見守られたことは一生の不覚だし、絶対に野球部の間で話題に出さないで欲しいと願ったのは言うまでもない。




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