00.プロローグ
は、成宮鳴さんのことが好きらしい。
そんな噂を知ることになったのは入学してようやく2ヶ月が経とうとしているころだった。
ゴールデンウイークの遠征をやり遂げ、一端の野球部員として自覚が根付き始めたころ。目前に控えた関東大会に照準を合わせ、日々練習に打ち込んだ。次第に鬼気迫る様子になっていく先輩に引き摺られるように俺たち一年も士気を上げていく。
部活後の自主練習。自らに課したノルマを終えた同級生がひとり、またひとりと寮へと帰っていく。残った俺たちもまた、目標としていた素振りの回数を超えたことを契機に一息ついた。
一年の内の3人。俺と杉と江崎は関東大会のタイミングに合わせて背番号を与えられた。それに併せてそろそろブラスバンド部に応援曲を申請しないといけないよな、なんて話している最中に、唐突に江崎は告げた。
〝が鳴さんに告白した〟と――。
「ってか、実際どうなんだ? 樹から見たって」
続けられた江崎の言葉に、俺は面食らうほかなかった。
江崎は単純に噂の片棒を担いだ女子がどんな子なのか知りたいだけだったのかもしれない。だけど、たった今、知らされた噂と合わせるとただ事ではない質問のように感じられた。
――俺にとって、はどういう存在か。
彼女の印象を思い描くべく記憶をなぞれば、他の女子と比べる必要がないほどにずいぶんと多くの親交を重ねてきたことを思い知る。
入学してたった2ヶ月。その間、同じクラスで過ごした女子。そのように切り捨てられない想いが胸のうちにある。折り重なった記憶の中での彼女は、いつだって俺に笑顔を向けた。
――樹くん。
喜色に満ちた彼女の声が耳に蘇る。ちゃんが俺の名前を呼ぶ度に、喉の奥が詰まるような心地がした。いつか、今よりももっと仲良くできるのだろうかと期待が募った。だが、今はもうその感覚にただただ戸惑うことしかできない。
本当にちゃんは鳴さんに告白したんだろうか。
勝手に耳にした噂に振り回されるのは好きじゃない。だけどその仮定を頭にするだけで頭の中が真っ白になってしまう。その動揺が伝わったのだろうか。自然と力の入った手の中でペットボトルが軋んだ音を鳴らした。
唇をまっすぐに引きしめ、今にも朽ち果てそうな初恋のかけらを拾い上げるように、この2ヶ月の間に起こった出来事をひとつひとつ思い出す。
ちゃんとの出会いは、入学式の日まで遡る――。