春雷:02

春雷の果てに咲く花 02



「おい、ついてくるな」

 桑島様の御屋敷を目指す道中。細い山道を登っていると真横から険のある言葉が浴びせられる。反発心に駆られるまま声の主を横目で睨みつければ、負けじと鋭い視線が落ちてきた。

「行き先が同じなのよ。無理を言わないでちょうだい」
「だからってわざわざ隣を歩く必要はないだろ」
「心外ね。貴方が私の隣を歩いているんでしょう?」

 二度も言い返せば、獪岳も私が嫌味を聞かされたくらいでは黙らない女だと察しがついたのだろう。忌々しげに「口の減らない女だな……」と吐き捨てた獪岳は、そっぽを向いたまま足早に山道を登り始めた。その歩調に食らいつきながら、隣を歩く獪岳の横顔を視界の端に入れる。
 名前を知ったところですぐに打ち解けるはずもなく、私と獪岳は折り合いが悪いまま桑島様の御屋敷を目指すハメになっていた。
 最初は、道中一緒なのだからと軽く話題を振っていた。生まれはどこか、桑島様とはどこで知り合ったのか。返事をしない獪岳を相手に、早々に話題が尽きてからは何か好きな食べものはあるか、とさえも聞いた。
 獪岳の話を聞きたくて、でも踏み入るのもはばかられて、差し出す話題に困る面もあった。
 そんな私のどっちつかずな態度をまた「媚びてきやがって」とでも捉えたのだろう。獪岳は私の言葉のすべてを無視した。
 そっちがその気なら、と距離を保って歩くよう努めた。だが、山間に入るにつれ、道が狭くなれば自然と距離は縮まっていく。その時点で前後に分かれて歩けば問題は回避出来たのだが、どうにも獪岳を相手に道を譲るような気にはなれず。獪岳もまた同じ考えだったようで、私が追い抜けば獪岳も抜き返すような不毛な争いを繰り広げた結果、今では少し動けば肩がぶつかるほどの距離感に収まっていた。

「本当にかわいくないな、お前。そんな性格じゃ周りも苦労していることだろうよ」
「そんな批判的な評価は受けたことがないわね。妙な考えが浮かぶなんて……あなた、少し疲れているんじゃない? もう少しゆっくり歩いたらどうかしら。それとも私が手を引いてあげましょうか?」

 言って、手を差し出してやれば、頭に血がのぼったのか。カッと顔を赤く染めあげた獪岳は歯を食いしばるようにして言葉を飲み込んだ後、手を振り上げ私の手を払った。

「痛ッ! ちょっと! なにするのよ!」
「うるさい。キーキー喚くな」

 侮蔑に塗れた視線をこちらに落とした獪岳は、鼻を鳴らして前方を向くとまた少し歩調を早めて歩き始めた。ムッと唇を尖らせるままその隣に並んでやれば、わざとらしく突き出した肘で制される。それをかわしながら前へ進み出ると、すぐさま舌打ちから始まる罵声が浴びせられる。

「クソッ。いい加減にしろよ」
「いい加減も何も、私はただ桑島様の御屋敷を目指して歩いているだけだわ」
「だったらいちいち突っかかって来んなよ!」
「そっくりそのまま返すようだけど、突っかかってきているのはあなたの方よっ」

 何をしても、何を言っても難癖をつけてくる獪岳を相手に、こっちが折れるなんて簡単なことすらままならない。
 ――本当に仲良くなんてなれるのかしら。
 文句の応酬を重ねては、何度目かも分からない不安が脳裏を過る。横目で獪岳を見上げる度、降ってくる視線は依然鋭いままだ。
 ――それでも、無視よりはマシよね。
 相変わらず肘をぶつけてくるしつこさに辟易するが、こちらを無いものとして扱われるよりよっぽどいい。自分の感覚を信じるまま心を立て直し、獪岳を視界から外して前を向いた。
 時折、勃発する言い合いをいなしながら歩いているうちに、次第に道は拓け、目的地でもある御屋敷へと辿り着いた。
 桑島様はご在宅だろうか。正面で足を止め中の様子を窺おうとした私とは裏腹に、スッと一歩前に出た獪岳は躊躇うことなく「先生」と高らかに声を上げた。

「ただいま戻りました」

 明朗に続けられた言葉を耳にすると同時に、まともな話し方もできるのかと目を見開く。呆けた私が桑島様へ来訪の旨を口にするのを忘れたまま立ち尽くしていると、御屋敷の奥から「今出る」と返事があった。

「戻ったか、獪岳……。やぁ、も一緒か」

 程なくして御屋敷の奥から出てきた桑島様は、ふたり揃ってやってくるとは思わなかったのだろう。私たちを見るや否や目を丸くした後、柔和に目元を細めた。右目の下にある傷は大きく、長く鬼殺隊に携わったことで身についた貫禄や威厳は強くこちらを圧倒するだけのものがある。だが、その表情ひとつでどこかひどく安心した心地が湧き出てきた。
 歓待の眼差しに笑みを返すまま、ゆっくりと頭を下げる。挨拶の言葉を口にしようとしたが、それを遮るようにまたもや獪岳が口を開いた。

「先生。次の指示を」
「うむ。それでは次は――」

 修行の話をするのなら口を挟むべきではない。ムッと引き締めたばかりの口元を戻し、一歩退き、黙って後ろに控える。
 ――それにしても、桑島様の前では随分と態度が違うわね。
 先程出会ったばかりの相手とは言え、道中重ねられた言葉や態度を思えば、あまり褒められた性格ではないと推察できる。だけど、今、目の前で桑島様への敬意と礼儀を尽くす獪岳はすっかり印象が覆り、生真面目な好青年のように見えた。
 どちらに対する態度が獪岳の本質なのかわからないからこそ、どこか釈然としないままモヤモヤとした感情が渦巻く。ふたりの姿を眺めたまま悶々と獪岳の人となりについて考え込んでいると、一通り訓練方法や場所の指示が与えられたのだろう。折り目正しく頭を下げた獪岳は、次の修行場へ向かうべく踵を返した。
 一歩引いた位置にいた私に一瞥を流した獪岳は、フンとわざとらしく鼻を鳴らし、そのまま私の隣を通り過ぎて行く。悪態を吐き捨てて去っていく背中に、思わず眉根が寄った。不毛だと知りつつも遠ざかる背中を睨み付けていれば、苦笑交じりで「」と私を呼ぶ声が聞こえてくる。

「待たせたな。。今日からよろしく頼む」
「いえ、若輩者ですが、精一杯務めさせていただきます。今日からよろしくお願いいたします」

 桑島様の声に我に返った私は、素早く気持ちを立て直すと桑島様へ向き直り、深々と頭を下げた。

「そう謙遜することはない。なら大丈夫だとワシも父君も分かっておるよ」

 やさしい声に顔を上げれば、和やかな表情を浮かべた桑島様と目が合った。吊られて口元に笑みを浮かべた私を目にした桑島様は、うんうんと満足げに頭を揺らすと「道中疲れたろう。こっちにおいで」と御屋敷の中に招き入れてくれた。
 先導されるまま桑島様の後ろに続き、屋敷の中を進んでいく。右足代わりの義足を庇うように杖をつく姿に自然と眉尻が下がる思いを抱えたまま廊下を歩けば、客間と思われる広い部屋に通された。
 部屋の奥に正座した桑島様の正面に向かい合う形で腰を下ろすと、桑島様はゆったりとした口調で言葉を紡ぎ始める。

「当面、には獪岳の世話を頼むことになる。一緒に過ごすうちに何かあれば何でも言うといい」
「お気遣いいただきありがとうございます。私の方も桑島様のご期待に応えられるよう尽力致しますが、至らぬ点があれば遠慮なく仰ってください」

 胸元に手を添え、軽い会釈とともに言葉を返すと、桑島様はゆるりと頬をほころばせる。朗らかなその表情に私もまた自然と目元が緩むようだった。

「さて、早速じゃが」

 そう前置いた桑島様は、一日、どのような流れで修行が行われるか、また獪岳の修行中に私がなにをすべきかなどを順々に説明してくれた。桑島様の話に相槌を打ちながら、時折、質問を交えて理解を深めていく。
 もとより、藤の家に生まれた者として、掃除、洗濯、炊事と一通りの家事能力は備わっているつもりだ。人並み以上にこなせる自信はあったので、あとは勝手の違う場所での振る舞いに慣れるよう努めると宣言すると、桑島様は快活に笑った。

「他に何か気になることはあるか?」
「いえ、大丈夫です」
「そうか。では儂の方からひとつ」

 一通りの説明を受け終えたところで唐突に桑島様に切り出され、思わず背筋を伸ばす。居住まいを正した私を目の当たりにした桑島様は、小さく苦笑した後、ゆっくりと口を開いた。

「のぉ、
「はい」
「――獪岳とは、仲良く出来そうか?」

 私たちのいざこざなんて見ていなかったはずの桑島様の質問にぐっと喉奥が詰まるような心地を味わわされる。桑島様の慧眼に恐れ入ると同時に内心で冷や汗を掻いた。だが、ここで取り繕ったところで勘のいい桑島様には早々に見抜かれるはずだ。
 そう思えば正直に自分の心境を打ち明けるほか道は無い。そう悟った私の渋面から、言葉にせずとも今の心境が正しく伝わったのだろう。桑島様は、からからと快活に笑った。

「なんじゃ、もう言い合いでもしたか?」
「それは……その……。えぇ、少し」

 ――言い合いどころか、胸ぐらを掴み合って罵声を交わしたわ。それでも収まらず肩までぶつけ合ってしまった。
 そこまではさすがに打ち明けられないが、揉めたことまでは隠し通せまい。それでも少しの保身と多大な気恥ずかしさに駆られるまま揉め事の程度のみ偽ってみたものの、獪岳とぶつけあった肩を隠すように手を添える私に、何があったか察したのだろう。桑島様はほんのりと眉尻を下げた。

「ふむ、そうか……。すでに一悶着あったか」
「……っ、はい。お察しの通りで、面目次第もありません……」

 申し訳ないと言葉尻を弱めながら頭を下げれば、桑島様は「いや、いい」と軽く手を振ってみせた。

が謝ることではない。それだけ獪岳もとは本心で話せたのじゃろう。良い傾向じゃと儂は思っておるよ」
「そうでしょうか……?」

 桑島様の言葉に頭を上げがてら首を傾げる。心を開かれたというよりも早々に取り繕う価値なしと判断されただけでは。そう思うのも無理がないほど、獪岳から浴びせられた暴言は剥き出しの敵意に塗れていた。
 本性を曝け出した結果がアレでは取り繕ってもらった方がよかったような気もするが、それではまた獪岳に無視されるだけだ。そう思い直せば桑島様の弁にも多少納得できるものがあったが、どこか釈然としない心地は残る。
 複雑な心境は口に出すまでもなく表情に浮かんだのだろう。桑島様は目をやわらかく細めてこちらを見た。

「あれも多少、苛烈な性格をしてはおるが、根は真っ直ぐな男じゃ。行き違いで衝突があったとしても、同じくらい芯の強いなら言い負かされることもないじゃろう?」

 暗に私が跳ねっ返りであることは見抜いていると言わんばかりの口ぶりに自然と頬が熱くなる。そっと目を伏せるまま手の甲で頬を隠したが身に残る恥ずかしさを払拭するには至らなかった。

「獪岳にもきちんと言い含めておく。だからも嫌な奴だと決めてかからず、仲良くしてやってくれ」

 これからお世話になる桑島様に正面切って頼まれてしまえば簡単に承服しかねるとは伝えられず、かと言って快諾もできなかった私は深々と頭を下げるだけに留める。そんな態度に私の本心が伝わったのだろう。桑島様は豪快に笑った。


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