051.寄り添う
夏休みに入って初めて行われた練習試合の後。激しい怒りに包まれたまま辿る帰路は、いつもなら気にならないような風景までも嫌に目について仕方が無かった。
週末ということもあり、やけに車や人の往来が多いのが気に障れば、そいつらの視線が苛立たしげに歩く俺に差し向けられているような気がして煩わしさを増幅させた。終いには店から流れ出る陽気な音楽も鼻につくようになったんだから本当にどうしようもない。
隠しもしない苛立ちに気付いていないのか、気付かないふりをしたのか。どこかに寄っていくなんて腑抜けたことを言い出すチームメイトたちの行動さえも俺の苛立ちに拍車をかける一因だった。「マジで雷市も行かねぇの?」なんてしつこく誘われたのもムカついたが、別れ際にの放った「あんまり気にすんなよ」なんて慰めの言葉がトドメとなり苛立ちは最高潮に達した。
――気にしてねぇよ! 試合の内容なんて!
むしろ思い出したくもねぇ。そう怒鳴り散らしてしまいたかったが、ひとりで歩いている今、そんな絶叫をかましてしまえば即刻、周囲にいる通行人から〝目を合わせたらマズい〟なんて認識をもたれる恐れがある。
奥歯を噛みしめて湧き上がる感情を堪えるものの、頭の中に渦巻く怒りは留まるところを知らないと言わんばかりに膨れ上がる。抑えようとしたところで上手くはいかず、の指摘を引き金に、試合後のミーティング中に監督に言われた言葉が頭の中で暴れはじめた。
月並みな言葉はもう聞き飽きていた。「ゴール前でムキになるな」だとか「周りをよく見ろ」だとか。試合後の説教はいつもいつも、お決まりなセリフのオンパレードだ。耳にタコができるほど聞かされた文句を垂れられて気分が上がるはずがない。
大体、その場面に立ってみないと見えてこない状況だってあるだろうがよ。敵がぼーっと突っ立ってるわけじゃねぇんだから多少の無理は貫かねぇと、奪えるゴールなんてあるわけがない。
それともなにか? アンタが選手だった頃のサッカーは、走れば道を空けてくれるようなお上品なスポーツだったのか? 違ぇだろ!
挙げ句の果てに「頭を冷やせ」だと? ふざけんなよ、最ッ高にクールだわ!!
頭の中に渦巻く言葉をひとつひとつ拾い上げては切り捨てる。そんな行動で気が晴れることは無かったが、浮かび上がった記憶に反発めいた気持ちが沸き起こるのを抑えることは出来なかった。
監督の言葉が耳に蘇ったのに引きずられると、自然と指摘されたプレイのワンシーンが脳裏に映し出される。
試合も佳境に迫った頃。ゴール前で敵のDFを振り切れるかどうかの位置で、俺は少し無理な体勢でシュートを放った。意表を突くタイミングだったのでGKの反応が遅れたまではよかったが、コースが悪くバーに当たって弾かれてしまったことに対し、監督は執拗にイチャモンをつけてきた。
たしかにオレ自身の手でゴールを奪えなかったのは失態だ。だが、ゴール前に走り込んだあの瞬間、シュートを放った判断が誤りだったとは思えない。チャンスが転がり込んできたのなら、強気に攻めなきゃストライカーを名乗る資格はないからだ。
それに俺はゴールを外したが、こぼれ球を拾い上げたチームメイトがゴールを決めたんだから結果オーライってやつだろ。
――チームメイト。
その一点が頭を掠めた途端、散々監督へと差し向けていた苛立ちがあのいけ好かない一年生にシフトする。
。俺のクラスにいる女、の弟でもあるアイツのことが、否、姉も含めたその両名のことが、俺は死ぬほど嫌いだった。
いつもならに対する苛立ちと比べるべくもないほど眼中にないが、今日に限っては、あの忌ま忌ましい顔を思い出す度に腹の底から怒りが湧いてくる。それもこれも、アイツの存在そのものが試合中の俺に余計な苛立ちをもたらしたせいだ。
カバーに入るためだとかDFを引きつけるためだとか。あたかも俺のために動いているかのような言い訳を口にするが、結局アイツは俺がゴールを外した途端、どこからか滑り込んできて俺が決めるはずだった華麗なるゴールを奪っていく。
俺のこぼれ球を拾うのに命でも賭けてんのかと思えるほど、アイツの姿が目の端に入った途端に頭に血が上りかけたのは一度や二度じゃない。
今日の試合もそうだ。監督に指摘されたシュートの直前、例のごとく俺の周りでウロチョロしはじめたの姿が横目に入った。敵のDFだけでなくアイツも振り切らなければと頭を掠めたせいで、躍起になってしまった感は否めない。
結果、ゴール以外のものに気を散らされまくった俺の放ったシュートは空しくもバーに当たり、ちょうど跳ね返ったところに滑り込んできたのごっつぁんゴールが完成した。
ゴールを外したってだけでもムカつくってのに、渡したくもないアシストをくれてやるハメになったなんて悪い夢以外の何ものでもない。
――ンだよ。ほとんどアイツのせいじゃねぇかよ。
ゴール前でムキになったのも、敵味方問わず気を逸らされたのも、全部、の存在が要因だ。下した結論により邪魔をされた事実が浮き彫りになると、ますます苛立ちが募った。
「……チッ」
舌を打ち鳴らし、ポケットの中に両手を突っ込むと前のめりの体勢で足早に歩く。こんな気分のまま、誰が寄り道なんてするんだよ。への悪態をつきながらも、このままおとなしく家に帰るのも癪に障る。
自分がどうしたいかすら曖昧になるほどの怒りに包まれると何もかもが気に入らなくなってきた。
長い溜息を吐きこぼし、身内にある熱を追い出そうと試みる。だが、そんな些細な行動で気が晴れるはずもなく、頭に浮かぶのは振り返りたくもない失態ばかりだった。
――あの時、もっと冷静な気持ちでシュートを放てていたら。
タラレバを言うのは好きじゃない。それでも思考を空っぽにした次の瞬間には取り返しのつかない後悔が浮かび上がってくる。
「……ックソ」
何度目かも分からない罵倒を吐き捨て、道路の脇に視線を逸らした。その瞬間、横目に見えた白い影に、まるでそこにゴールがあるかのような錯覚に陥る。だが、慌てて振り返った先にあったのは味気ないガードレールだけで、自分が単なる日常風景に驚いてしまった事実を突きつけられるだけだった。
自分が幻覚を見るほど今日の試合結果を気にしているのだと思い知らされた瞬間、怒りとも恥ともつかない感情が腹の底に火をつける。試合でやらかした失態を挽回するチャンスはすぐには転がり込んでこない。次の試合で払拭するまでこのモヤモヤした気持ちを抱え続けなければいけないのかと思うと反吐が出そうだった。
苛立ちが膨れ上がるままガードレールを睨みつける。その白いラインが、俺のゴールを阻んだバーに重なって見えると頭の中でなにかが弾けた。
腹が立つ。監督も、も、――自分自身にも。
脳裏に浮かんだ悔恨に触発され、体の奥底からふつふつと怒りが沸き上がると、目の前が真っ赤に染まった。ちょうど足元に空き缶が転がっているのが目に入った途端、衝動に突き動かされるまま振り抜いた。
爪先が缶を弾き飛ばした瞬間、かすかに気分が高揚する。だが、その次の瞬間には強かにガードレールにスネを打ち付けてしまい、浮かび上がったばかりの気持ちは即座に地に落とされた。
「ぐっ……あっ、……クソッ!」
走る痛みに涙が滲む。咄嗟にその場に蹲り手の平で抑えたものの、そんなことで痛みが和らぐはずもなくズキズキと突き刺すような痛みが襲いかかってきた。唸り声が漏れそうなほどの痛みに歯を食いしばる。鈍い音が道端に響いたせいか、通行人がなんだなんだとこちらを振り返っているのが視界の端に入ってくるのも鬱陶しい。
――なんで俺がこんな目に遭わなきゃいけねぇんだよッ!
やり場のない憤りと痛みに蹲る情けなさが綯い交ぜになって胸を去来する。じわりと滲む涙が視界をぼやけさせると同時に、今日一日の記憶が蘇ってくると悔しさばかりがこみ上げてきた。
だが、一瞬の反省も束の間、悔しさが通過すれば残るのは怒りだけだった。
――見てんじゃねぇぞクソがっ!
はばかることなく向けられる視線は心配なのか興味なのか。はたまた嘲笑なのか。とにかく今の状況を誰にも見られたくない。その一心で顔を上げ、言葉を吐き散らかすべく息を吸い込んだ。
だが、俺が言葉を発するよりも先に、斜め後ろから覗き込んできたヤツの顔が目に入った途端、嘘みたいに怒りが霧散する。
「……雷市。今、ガードレール蹴ってなかった? 脚、大丈夫なの?」
自分の膝に手を置いてこちらを覗き込んできたのは、同じクラスのだった。俺の試合を観に来ていたのは知っていたが、まさかこんなところで声をかけられるとは。
一瞬、驚きで感情が埋めつくされる。だが、自分の惨状を思い出した途端、霧散したばかりの激情が羞恥と共に蘇った。
「アァ?! なんだよテメェ! ジロジロ見てんじゃねぇぞクソがっ!」
飲み込めたと思ったはずの言葉が、それ以上の勢いで口をついてでた。必要以上に大声で叫んだせいか喉が突っ張る。だがその痛みよりも、びくりと肩を震わせたの表情にぐっと喉の奥が詰まるような心地に陥った。
――あ、ヤベェ。
面食らったように目を丸くしたに、一瞬、反省にも似た心地が浮かび上がりかけた。だが俺が何らかの反応を返すよりも先に、が困ったように眉尻を下げて笑うもんだから、気持ちがまたもや激情に傾いてしまう。
いつも見る、嫌いな笑顔。愛想笑いよりも上手に隠した紛い物の笑顔を見ると、〝馬鹿にしてるのかよ〟と怒鳴りたくなる。特に今日はコイツの弟にしてやられた記憶が根強く刻まれているせいで、いつも以上に苛立ちが膨れ上がった。
「何笑ってんだ、テメェ! その顔嫌いなんだよ、ヤメロッ!」
「あー……」
八つ当たりにしかならないような言葉をぶつけると、俺の荒ぶった態度に引いたのだろう。露骨に視線を外したは、一度斜め上を見上げた後、眉尻を下げたまま足下に視線を落とした。ただそれだけの変化で落ち込んだような顔に見えるんだから女はズルイ。
そんな顔をされてしまったら、俺が泣かせようとしてるみたいじゃねぇか。
――クソッ。そんなつもりねぇのに。
内心で悪態をついて取り繕わなければ、抱きたくもない罪悪感が生まれそうになる。だが、今の罵声はを傷つけに行った言葉だという自覚もなくはない。
謝るべきか、無視するべきか。居心地の悪さに口元を引き締めたままを睨み付ける。きゅっと唇を結んだままのは、何か言う素振りひとつ見せない。ただそれだけで、コイツが泣くのを我慢しているようにも見えてきて、たった今、自分勝手に喚き散らした自分への怨嗟が渦巻くようだった。
「……オイ」
怒鳴って悪かった。脚が痛くて八つ当たりしちまった。今のはお前に苛立ったわけじゃねぇ。
そんな言葉をかけようとした。だが、俺が言葉を続けるよりも先にスッと背を伸ばしたが「ごめん。雷市」と残すとくるりと踵を返してしまう。そのまま何事も無かったかのように目の前のコンビニに吸い込まれていったの背中を呆然と見送った俺は、ぽつんとその場に取り残されてしまう。
――ンだよ。せっかく人が謝ってやろっかなって気になったのによ。
ジロジロ見られんのも腹立つが、勝手に見限られるのも腹が立つ。しかもあのバカは別に悪いこともしてないのに、俺から離れるために「ごめん」とまで言いやがった。そんな態度で来られたら、俺は口を噤むほかなくなる。
だいたい、はいつもそうだ。他になんかあるだろと絡んだところで、あの何もかも諦めたみたいな顔で笑って受け流される。
――やっぱり、アイツの弟なんかとは比べものにならねぇな。
試合中のにもムカついたが、ちょっとしゃべっただけでここまで俺を苛立たせるのはやっぱりだけだ。
大きく舌を打ち鳴らし、いまだジンジンと痛みを訴え続ける脚を引きずりながらガードレールの縁に腰掛ける。
の野郎。出てきたらもう一度怒鳴りつけてやる。腹に据えかねる怒りを抱えたままコンビニのドアを睨み付けていると、程なくしてスクールバッグとビニール袋をぶら下げたが出てきた。
「オイ、――」
「ごめん、雷市。お待たせ」
俺が呼びつけるよりも先に迷い無くこちらに歩み寄ってきたが、ビニール袋から何やら取り出した。反射的にの手元に視線を落とせば、ペットボトルを凍らせたものが握られていた。
「はぁ? ンだよ、これ」
「あげる」
「ハァ?」
試合後の疲労を労うつもりがあるのなら、こんなガチガチに凍ったものじゃなく普通のにしてくれよ。じゃねぇと飲めねぇだろ。
そう文句を言おうとしたが、俺が言葉を発するよりも先に隣に座ってきたに何も言えなくなる。一気に近付いた距離感に戸惑うのがイヤで、軽く背中を向けるように座れば、さらにペットボトルがこちらに差し出された。目の端に捕らえたそれに、一瞥を投げかけると共にそっと口を開く。
「……アクエリ?」
「うん。お茶と迷ったんだけど、どうせなら溶けた後、雷市が美味しく飲める方が良いかなって」
ふふ、と笑い交じりに聞こえてきた声に軽く振り返ると、「だから、ハイ」とペットボトルを渡される。今度は素直にそれを受け取ったが、なんでこんなモンをが買ってきたのか真意を測りかね、つい眉間に皺を寄せてしまう。
「ハァ? なんでその二択なんだよ」
「凍ってるのがそれしかなかったからね。――ほら、ちゃんと冷やしときなってば」
「ア? なんでだよ」
「なんでって……雷市はストライカーでしょ? つまんないことで脚を怪我しちゃもったいないよ」
の言い分に思わず息を呑む。日常においてもストライカーであるべきだと諭されたことに腹が立つ以上に、どうしてかその言葉が耳に残った。
だが、その感情を追いかける間もなくが「雷市?」と覗きこんでくると頭の中にあったはずの考えが霧散してしまう。
「ッ! ンだよ!」
「なにって……もう、ちゃんと冷やしてってば」
いつまで経っても脚を冷やさない俺が焦れったくなったのか、がこちらに身を乗り出してくる。その拍子に肩が触れると思わず体が強張ったが、は気にした素振りひとつ見せずに俺からペットボトルを取り上げるとそのまま足下に近付けた。
「ハイ、自分で持って」
「……オゥ」
有無を言わさぬ口調で言われると、思わず素直に頷いてしまう。指示されるがまま受け取ると、折りたたんだ裾をさらに捲って怪我の状況を確認する。鈍い痛みはあるが、運良く血は出ていないようだ。このまま冷やしておけばなんとかなるだろうと判断した俺は、持たされたペットボトルの側面を患部に当てる。ピリッと走った痛みに顔を顰めたが、じんわりと冷たさが広がると心地よさすら感じた。
次第に和らいでいく痛みに、肩に入っていた力が抜けていく。安堵の息を吐くと、ちょうども同じように息を吐いていたらしく呼吸の音が重なった。
チラリと横目での様子を盗み見る。俺の足下に視線を落とした表情はさっき見たばっかりなのに、俺の脚の具合を心配しているように見えると今度は気持ちはささくれ立たなかった。
「っつーか、お前がこういう甲斐甲斐しいことやってくんの珍しいじゃん。明日は雪でも降るんじゃねぇか?」
「もー……。こういう時は素直にありがとう、でいいじゃない」
「ウルセェ。誰がテメェに礼なんか言うかよ」
フンと鼻先を逸らせ背後からクスッと笑い声が聞こえてくる。機嫌良さそうな声に釣られて顔を背けたまま視線を戻せば、がビニール袋に手を突っ込んでいる姿が見て取れた。
「まぁ、ちょっとアイスを食べたくなったっていうのもあるんだけどね」
「……お前、それが本命じゃネェだろうな」
「んふふ」
買ったばかりのアイスを掲げて見せつけてきたをジト目で睨みつけたが、ちっとも響いた様子はない。それどころか楽しそうに笑ったは早速とばかりにアイスにかぶりつき始めた。
道路を行き交う車の音にまじって、ソーダアイスをしゃくしゃくと食べ進める音が耳に入ってくる。夏のワンシーンとして申し分ない状況に、さっきまであったはずの苛立ちが薄らいでいくと、ふと、気になったことが頭を掠めた。
「……っつーか、なんでこっち来てんだよ。お前さっき、他のヤツらと向こうの通りいただろ」
学校から帰る道はいくつかある。その中でも大通り沿いはほとんどの生徒が通る帰り道で、俺らもだいたいこのルートを使っていた。
同じようにコイツもさっきまで道路を挟んだ向かい側に何人かの女子と連れだって歩いていたはずだ。俺たちがちょうど渡りきったところで赤になった信号に引っ掛かったのを見たから間違いない。
駅に向かうだけなら向こうの通りでも問題なく辿り着くのにどうしてこっちの通りにいるのか。コイツも引っ越してきて一年半は経ってるはずだが、まさかまだ帰り道すらわかってねぇほど馬鹿なのか?
訝しむような視線を向けていると、はシャクとひと際大きく音を鳴らしてアイスを口に放り込んだ後、冷たいのか手のひらで口元を隠しながらこちらを振り仰ぐ。
「うん。雷市が見えたから話しかけようかな、と思って」
なんてことないように告げられた言葉に思わず目を見開く。きゅっと唇を真一文字に結びの様子をうかがったが、やはり他意はないらしく、また一口アイスを食べ進める姿を見守るハメになった。
「フーン。……それでワザワザこっちに来たのかよ」
「うん。そうだよ。……改まって確認されると恥ずいね」
澄ました顔をしてんのが腹立たしくて、ワザと意地の悪い聞き方をすれば意外にもは照れた素振りを見せた。手の甲で口元を隠したが軽やかな声と共に笑う。その頬が微かに赤く染まっているのを目にすると、どうしようもなく胸の奥がざわついた。
不意に乱れた心音から意識を逸らすように、俺はから顔を背けそっぽを向いた。
――なんだよコイツ。
ままならない感情にまたしても腹が立ってきたが、さっきみたいに腹の内を焦がすほど嫌な感情ではない。どちらかというと、奇妙なほどあったかく感じている。同じ熱が生まれているはずなのに、なんか変だ。
妙にソワソワして落ち着かない気持ちと共に、チラリとを盗み見る。少しはさっきの動揺が残っているかと思いきや、俺の心情なんて知るよしもないは、相変わらずのんきにアイスを食ってやがった。
――マジで、コイツは嫌いだ。
の一挙手一投足に腹が立つのには変わりが無いのに、なぜか今日はもう少し話をしてやってもいいなんて気持ちになっている。わざわざ信号を渡ってまでこっちに来たなんて殊勝な態度を見せられたんだ。ちょっとは応えてやったって罰は当たんねぇだろ。
半分背中を見せるみたいに座っていた体勢を、少しだけ正面に向ける。開いた膝がかすかにぶつかったが、慌てて避けるような真似をしたくなくて、気にしていないのだと装った。
それはどうもも同じだったみたいで、一瞬、見開いた目を細めるとそのまま何事も無かったようにアイスを食べ進めはじめた。思いのほか近くなってしまった距離感に若干戸惑いを感じつつも、やっぱり悪い気はしなかった。