バッテリー:原田 巧01

035.求める


 体育のために運動場に出ると、下足箱の側に設置してある水呑場の前に豪が立っていることに気が付いた。時折揺れる肩から、誰かと話をしているらしいことが予想される。
 履き替えたばかりの運動靴の違和感を拭うために、トントンと爪先で地面を叩く。そのまま足首の運動のために、爪先を立てたままぐるぐると回転させながら豪の背中を見つめ続けた。
 誰と話をしているのか、ちょっとくらい見てやろうと思ったからだ。
 予想として、とある人物の姿がおれの胸の中にある。だが、それが外れていればいいだなんて無駄なことを考えている自分もいて、それを認めることが出来ないくせに、軽い気持ちであるのだと誤魔化してでも、その姿を見極めたかった。
 相変わらず笑い続けている豪だったが、何人かの人間が手を洗うために水呑場に寄ってくれば当然その場を空けるために立ち居地をずらした。
 それに付き合うように動いたのは、いなければ良いと願った相手───だった。ある程度は覚悟していたというのに、当たり前のように豪のそばにいるに、小さな溜息が漏れるのを抑え切ることが出来なかった。
 豪の方しか向かないは、豪にだけ満面の笑みを捧げる。
 正面に立つ豪は、当然正面からを見ることが出来るが、こちらからは横顔でしかその笑みは見られない。入学してから半年経つが、のおれに対する態度は依然として、可愛いとは言い難いものでしかなかった。
――― 豪といる時はあんなにも鮮やかに笑うくせに。
 おれとの仲が良い訳でもないのだから、それは当然だというのに、心がささくれ立って溜まらなかった。あんな笑顔を横顔でしか見せないのは、残酷過ぎる。おれにはいけ好かない態度を取るくせに。八つ当たりにも良く似た恨み言が沸き起こるのはいつだってが豪のそばで笑う姿を見た時だった。
 気に入らないのに鮮烈に意識してしまう。いっそのこと、ムカつく態度を取るくらいなら無視してくれればいいのに、はおれと目が合ったら真っ直ぐに睨みつけてくるからいけないんだ。
 入学してすぐに、から「いけ好かない」と面と向かって言われたことがある。真っ直ぐすぎる彼女の気持ちは確かに嫌悪に似ていて、それをおれは疎ましく思うはずなのに、何故かのことを嫌いになれない。おかしな話だ。いっそのこと嫌いになれれば、楽なのに。
 散々思って来たことだけど、どうしてかおれはのことを嫌いにはなれなかった。
 悔しいが、それは当然だ、とどこか諦めている部分もある。
 がおれを嫌っているからと言って、おれがを嫌いになる理由にはならない。嫌がらせをされるならともかく、そういうことさえおれたちの間にはないのだから。
 小さな溜息を吐いた。結局、にとってはおれは豪に接近するおじゃまむしでしかないってことか。
 豪たちに視線を向けている間、ずっと解し続けていた足首は、感覚的に和らげ過ぎた気もする。もう一度爪先で地面を叩き、2人の方へと近寄った。
「豪」
 豪の名前を呼ぶと、豪は当然としてもまた振り返った。先程まで鮮やかに見られていた笑みも、おれと目が合った瞬間に消え失せる。邪魔しないでよ、とでも言いたげなは、舌でも打ち鳴らしそうな様子でおれを睨み据える。
 面白くないという表情を前面に押し出し、きゅっと眉根を寄せたが、おれに向って微笑む日などくるのだろうか。
 来ればいいのに、だなんて願うつもりはない。ただ、この瞳がまっすぐおれを捉えていることだけが、とのつながりなのであれば、いくらでも邪魔してやるよ。フッと口元を持ち上げて笑う。の目には挑発のように写ったことだろう。鋭さを増した視線であっても、がおれを意識しているのだと思えば溜飲は下がった。



error: Content is protected !!