西谷 夕01

恋愛研究中!


「西谷夕!」
「おう、どうした
「アンタなんて何らかの不幸に見舞われればいいのに!!」
 決めポーズよろしく、ビシッと人差し指を突きつけてそう宣言すると、西谷はその釣り上がった眦を丸くさせた。
 それ以外には何も反応も取ってくれない西谷は、肩だけで私を振り返ったままパチパチと目を瞬かせる。時間にして数秒足らず、対峙したままの状態で固まった私達に、廊下を歩く人達が通り過ぎざまに視線を向ける。
「なんだそれ」
 均衡を破ったのは西谷だった。心底不思議そうに顔を顰めてみせた西谷に、私は掲げたままだった指先を顔の前に持って行き、左指の人差し指と突き合わせる。
 思惑が外れたことに、自然と唇も尖った。
 ポケットに突っ込んだままだった手を出して、後頭部を掻いた西谷は一度私から視線を外し、廊下の窓から太陽を覗いた。
「陽気のせいか?」
「いや、そんなことは」
「じゃあ、どうしたんだよ。に不幸を願われるほど悪いことした覚え無ぇぞ」
 西谷に向けたままだった視線を横にずらす。視線を逸らしたからといって追求の手が緩まないことは解っていたが、防衛本能がそうさせた。
 合わない視線でも、西谷がこちらを見ていることは痛いほどに感じられた。じりじりと額あたりに生じたむず痒さは、きっと西谷の視線のせいだ。
 飽いて何処かへ行ってくれるような優しさは持ち合わせてないだろう西谷に根負けし、小さく溜息を漏らしながら口を開く。
「ツンデレを……」
「ん?」
「ツンデレを……ちょっと研究しておりまして」
「……ハァ?」
 訳がわからない、と顔を歪めた西谷は、やっぱり陽気のせいだなと決めつけるように言ってのける。
 春に限らず、色々と頑張っているつもりなのに、どうにも報われないな。
 田中に言わせたところ「努力の方向性が違う」とのことだけど、田中は西谷じゃないんだし、どのジャンルのテンションが西谷に合うか解らないのだから致し方ないじゃないか。
 今回だって田中が、西谷の理想女子の情報を教えてくれたからツンデレ女子っぽくしたというのに、このザマだ。
「西谷のとこのマネってこんな感じじゃないの?」
 チラリと頭を過ぎった「冷たくされるのがイイ」という噂の男バレマネの覚束ない情報を確認すると、西谷は緩やかに笑ったままだった表情を瞬時に尖らせた。
「ハァ!? 似てねぇ!」
 ズバッと言われたことに怯んで、固く目を瞑ってしまう。
 チラリと片目を開けて西谷の顔を盗み見ると、西谷はまだ歯を食いしばってその怒りを全面に押し出していた。
「冷たいひとって聞いたんだけどなぁ……」
「根本的に違う。今のがやったのはただのひどい女だ!」
 ポツリと零した言葉を即時に拾い上げた西谷に、相変わらず反射神経がいいなと舌を巻く。
 大きく息を吐き零し、視線を脇に逸らす。唇を尖らせてもなお、不満がどこかに行くような気配はまったくなかった。
「冷たい女ってどんなのなんだろう……」
 研究の余地があるな、とは思うものの自分の中にその「冷たい」と思える要素が欠落しているためイマイチ想像がつかなかった。
 冷たい女子を研究している途中で、友達から借りて読んだ漫画にてツンデレ女子というものがあることを知り、早速それを真似てみた。だが自分の性質に沿わない行動はまったくしっくりこない上に西谷憧れの先輩とは全然似てないと言われたのなら、先程のような態度はもう御蔵入り決定だ。
 また一から考えなおさないといけないとなるとまた頑張らないといけないなぁ。
「お前はどっちかっていうとアツイ女だからなぁ!」
 正反対だとカラカラと笑う西谷に、笑いごっちゃないですよコラと田中のような口調の反論を頭の中で吐き捨てた。
 私の態度が悪くなることに反して、西谷は機嫌良さそうに笑う。
「第一、何らかの不幸って一体なんなんだよ」
「……具体的には思いつかない」
「そういう大雑把なとこもまったく似てねぇや」
 似てないと何度も繰り返され、態度が、心が硬化していくのが解った。面白くないと感じるのは、西谷にお前は全くタイプじゃないと失格の烙印を押されているような気がするからだ。
 沈む気持ちに西谷を睨めつけてみたものの、私の怒りなんてどこ吹く風で、西谷は笑う。
「潔子さんはなぁ、そんな薄っぺらい暴言なんて言わず、その眼差しだけで俺たちをいとも簡単にゾクゾクさせてくれんだよ」
 身震いするのを抑えつけるように自らの身体を抱きしめて恍惚とした表情を浮かべる西谷に、楽しそうだねと遠巻きにしてしまいたいような衝動に駆られる。
 こういう感情を積み重ねていったら冷たい女になれるのだろうか。でも今みたいに押せ押せでもあしらわれてるような状態で、押してダメなら引いてみろってのを実践したとしても、西谷が私を追いかけてきてくれる気がしない。
「まぁ、お前が潔子さんの真似しても意味ねぇわな」
 とどめを刺すような言葉を平然と言ってのけた西谷は、頭の裏で手を組んで薄い胸を反らす。袖口から覗いた腕の逞しさに不覚にも目を奪われ、それがいやに恥ずかしくて視線を逸らしながら憎まれ口を叩いた。
「意味が無いってのはちょっとひどい」
「そうかぁ?」
 楽しそうに声を弾ませ、その目元を柔和にさせる。その鮮やかな笑みに、言われたことを誤魔化されるほど甘くはないぞと気を引き締めた。
「でもオレはのそのバカっぽいほど明るくてストレートなところ大好きだぞ」
 もう絆されないぞと誓った心が、いとも簡単に打ち砕かれる。慰める気なんてサラサラ無いその口ぶりでも、心が持っていかれるようだった。



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