澤村 大地03

まだ繋がらない僕らのいつかを


 昼休みの中頃、スガと連れ立って食堂から帰ってくると、教室の奥の方で女子たちが数人固まって何やら楽しそうに話し込んでいる姿が目に入った。机の上に置いた雑誌を捲りながら、お互いに顔を見合わせ笑う彼女たちはすごく楽しそうに見える。
 その輪の中心にさんの姿を見つけた。その席は彼女のものだから、当然そこにいてもおかしくはないだろう。楽しそうに笑う女子たちはまた赴きの違う表情を浮かべているのが見て取れた。
 ぽうっとした眼差しの熱っぽさに、思わず胸が高鳴る。
 幸いにもというか、俺の席はさんの隣の席、つまり今現在盛り上がっている場のすぐ横で、自席に戻るついでにという体を装って、少しだけ首を伸ばして彼女たちに声を掛けた。
「楽しそうだな。何読んでるんだ?」
 自席の椅子を引き、腰掛けながら簡潔な疑問の声を投げ掛けると、一様に彼女たちの視線が俺の方へと向けられる。当然、その輪の中にいたさんもこちらを振り返った。
「あ、澤村くん」
 先程からの名残だと解っていても、さんの頬や瞳に残る熱が自分へ差し向けられると、こちらまでその熱にやられてしまいそうだ。無条件に緩む口元を隠さずにさんへ笑いかけると、さんは少しだけ戸惑ったように口元をまごつかせた。
「あれ? なんか聞いたらまずかった?」
「ううん、そんな……」
 慌てて否定の言葉を口にしたさんだったが、視線を彷徨わせて抵抗を見せ、そのまますぐ側にいた女子へと上目遣いで視線を転じる。それを受けた彼女は小さく苦笑し、俺に向き直る。
「そんなことないよー」
「でも女子向けの話ではあるねー」
 口々に言葉を続けるクラスの女子たちに視線を転じ、またさんに戻す。目が合うと、肩を小さく震わせたさんは、手元にあった雑誌を持ち上げると、こちらへとそっと差し出した。
「えっと… これ」
「ん……? ブライダル特集?」
 白とピンクを基調とした華やかな見出しを読み上げる。結婚にまつわるエピソードや写真がところ狭しと掲載されたそれに一瞥を落とし、もう一度さんへと視線を戻す。まだ朱の残る頬の色は、憧れによるものだったのだと知った。
「やっぱ女子ってこういうの好きなんだな」
 再度渡された雑誌に目を落とし、数ページ簡単に眺めながら捲る。TVドラマも含めて恋愛関係の話や、どこそこの店員がかっこよかったなどと耳にするが、行き着く先はやはり結婚へのあこがれが根底にあるらしい。
「着物かドレスか、って今話してたんだ」
「へぇ」
「お色直しで和服着る人増えてるらしいんだ。番傘持って二人で相合い傘してさ」
「それもいいよねー!」
「でしょー! やっぱ両方着たいよねー」
 俺を輪から外して盛り上がり始めたクラスメイトの言葉を聞き流しながら、さんならどちらが似合うんだろうかと考える。ピンと頭に浮かんだのは純白のドレス姿で、ついでにニッと誇らしく笑ったスガの白タキシードの姿までもが脳裏を過ぎる。抗うように雑誌を閉じ、一番手前にいた女子に雑誌を返す。受け取った女子は、改めて雑誌を開き、中心にある机の上にそれを置いた。
 肩で一息ついたさんは、それにまた視線を伸ばし、また頬を赤くして眺めている。女子特有の浮ついた空気を目の当たりにし、どことなく居心地が悪いものを感じたが、それでも嬉しそうなさんから目が離せない。
 机の上に肘を置き、頬杖をつきながら彼女へと言葉を投げかける。
さんも、やっぱりそういうのって憧れる?」
 確信を持ちながら告げた俺の言葉に振り返ったさんの目が丸くなる。話が終わったと思って安心していたのかもしれない。気恥ずかしさを全面に押し出した彼女がまた視線を泳がせたが、話に夢中な友人らを見上げ、それから改まって俺の方へと膝を向ける。
「それは……いつかは、って思うけれど……でも今は想像もつかないなぁ……」
 耳まで熱くさせたさんが言葉を詰まらせながらも、俺へと言葉を向けた。先程、雑誌で見たモデルが来ていたドレスを彼女に重ねながら、やっぱり似合うんだろうなぁと勝手に想像する。
「澤村くんは和装も似合いそうだよね」
「え、俺?」
 唐突に矛先が自分へと向けられたことに驚いて、手のひらから頬を浮かせる。そのまま後頭部へと手をやって頭の裏を掻いてみせたが、浮かび上がった照れくささが拭い去れる気はしなかった。
 今しがた自分が彼女へと向けた言葉の意味を思い知らされる。学生の内はまだ縁遠いものだと思っているものを突きつけられると、身構えてしまう。ましてや、俺からさんへ募らせた恋情を思えば尚更だった。
「――見たいなぁ……」
 先程雑誌を読んでいた時と同じく、否、それ以上に蕩けそうな笑みを浮かべたさんに、胸が圧迫されるような心地を味わう。その言葉の意味を自分の都合のいいように受け止めそうになってしまう。
 彼女の様相から言って、もしかしたら俺と同じように和服を着た俺の姿を思い描いているのかもしれない、だなんて図々しい考えさえも浮かぶようだった。
 緩みそうになる頬を隠すように、改めて頬杖をついて口元を引き締める。俺と目を合わせたさんに対する気持ちの温度は、いつも簡単に上昇する。
「俺もさんのウェディングドレス姿見たいなぁ」
「え?」
 即座に戸惑いを見せたさんに、俺はすかさず深く頷いてみせる。軽口ではないのだと伝えるために、言葉を重ねること以上に効果的であることを、経験上知っていた。
「いつか見せてよ。……ね?」
 ねだるように口にすると、さんは口元を真っ直ぐに引き締めて口ごもる。
 その時は参列者ではなく隣に並んでいたい、だなんて付け加えたらさんはどう思うんだろうか。単なるクラスメイトでしかない今の関係上には相応しくない言葉を思い描く。イタズラに告げられる気持ちでも、相手でもないからこそ、口にはしないけれど、本当にいつかさんの笑顔を自分のものにできたらと思う。
 恥じ入りながらも「いつかね」と応じてくれたさんの笑顔に、俺もまたゆるりと笑んで返した。
 



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