月島 蛍04

恋は終わらない


 12月に入った途端、クラスで耳にする話題は、クリスマス関連一色に染まった。進学クラスの割に、その前にある期末テストに対しては何も語られない。
 どこのケーキが美味しいだとか、どこのイルミネーションが綺麗だとか。雑誌やスマホを眺めれば事足りるような会話が飽きもせず繰り返される。まるでその話以外はしていけないのだと不文律でも出回っているかのようだ。
 今からそんなに浮き足立ってどうしたいのか。大人ならばまだ洒落たプランの練りようもあるだろうけれど、高校生の立場でできることなんて限られているのに、本当に馬鹿馬鹿しい。
 クラス内で聞くだけでも飽いたと言うのに、バレー部内でもチラホラと耳にするから溜まったもんじゃなかった。
 部活中はさすがに話題は出ないが、部室で着替えてる際はクリスマスの話題で持ちきりとなった。
 着替えている最中にも、主に田中さんを中心に、誰と過ごすのかだと騒ぎ立てている。聞き耳を立てているわけじゃないのに耳に飛び込んでくる情報は、身近な相手が主体のものになると妙に頭の中に残ってしまう。
 菅原さんが幼馴染にケーキを作ってもらうことを澤村さんに自慢していたのを目にしただとか、あの王様でさえも何やらうちのクラスの女子と一緒に過ごす約束を取り付けているだとか、知ったところで何の役にも立ちそうもないのに耳に入れば覚えてしまっていた。
 嫉妬だとか羨望だとか、みっともない感情はないものの、これだけ耳にしているとイヤでも意識の底に澱り重なっていく。降り積もった感情の底から暴かれるのはいつだってのことだ。
 どうせ、もまた友達や先輩との間で、こういった話題で盛り上がったりするのだろう。
 姦しく騒ぐ情景が簡単に思い浮かび、小さくため息を吐いた。
 そう言えば――。
 思うと同時にボタンを留めていた手を止め、チラリと横に立つ山口を盗み見る。
 今年はどうする予定なんだろうか。中学の頃は同じクラスだったのもあって、当日でなくとも山口と3人でケーキを食べに行ったりしたが、今年はまだその話題が出ていない。山口の方にはからの打診はあったのだろうか。気がかりではあるものの、気にしていると思われるのは格好悪い。なにか上手く探る手筈はないだろうか。再度ボタンを留める手を動かしながら逡巡すると、部室の奥の方から声が響いた。首を捻ってその声の主を探すと、案の定上半身裸の状態で騒ぐ田中さんの姿が目に飛び込んでくる。
「普段……あんまり相手してやれないからさ、今日くらいは、一緒にいようぜ……寂しい思いさせて、ごめんな」
「龍くん……っ!! 私は頑張ってる龍くんを見ることが――」
 やけに凛々しい声とクネクネとした甲高い声を使い分け一人芝居を行う田中さんの妄想力の高さは、この半年の間、衰えるようなことはなかった。
 目の前で演じられる縁下さんが冷めた目で眺め、飽きたら相手をせずに自分の準備に取り掛かるのもまた定番の風景だ。またやってる、と呆れた言葉を口にすると隣で山口がキシシと笑う。その声が耳に届いたのか、田中さんの目が僕たち二人の姿を捉えた。
 いつものように噛み付いてくるのだろうか。警戒心が沸き起こり、いつでも退散できるようにと学ランを羽織る動作を早める。
 だが、僕の警戒は正しかったものの、いつもとは若干趣の違う反応を田中さんは示した。
「そういやさぁ」
 ニヤリ、と笑った田中さんはツカツカとこちらへ歩みを進めてくる。その笑みの種類には嫌な思い出しかない。
「月島はクリスマスにはちゃんと過ごすのか?」
 ――出た。
 折に付け、田中さんはの名前を出してくる。毎度毎度、よくも飽きもせず、と感心してしまう。いい加減飽きてくれたらいいのにここ半年で、何度繰り返されたことか。
 僕に話しかける話題がないというのなら、放っておいてくれたらいいのに。
「あ、僕もう着替え終わったんでお先に失礼しまーす」
 棚の脇に掛けていたコートに袖を通しながら、ニコリと笑って会釈をし、そそくさとドアへと向かう。
「逃げんなよ、月島ァ」
 騒ぎを聞きつけた西谷さんも混ざり、縁下さんの制止の声が響く。一緒に帰ると告げる山口の声も置き去りにして、首にかけたヘッドホンを耳に当て、部室のドアを開けた。
「わっ」
 押し開いたドアの向こう側を、タイミング悪く、誰かが通っているところだったらしい。短い悲鳴に、反射的に見下ろすと、目に入った彼女の姿にグッと喉の奥が詰まるような思いが沸き起こる。反射的に先程つけたばかりのヘッドホンを首に下げた。

 ポツリと名前をこぼしてしまい、急いで口元を掌で抑える。幸いにも自分たちが騒ぐ声でかき消してくれたようで、田中さんたちには聞こえていないようだった。
 僕と視線がかち合ったは驚きに目を丸めたものの、いつものように目元を和らげて嬉しそうに笑う。
「あぁ、月島。お疲れ」
 着替えた直後だからか、少しだけ撥ねた髪を手櫛で抑えつけていたは、そのまま軽く右手を掲げた。の部活の面々もちょうど帰路につくところだったようで、ちゃんの彼氏?などと無遠慮な会話が彼女の背後で展開される。どうやら僕と同じ憂き目にもあっているらしいことを知るには、それだけで十分だった。
「あ、っち! おつかれー」
「忠もおつか――」
「なにっ!」
ちゃんがいるのかっ?!」
 先程まで遠くにあったはずの声が、瞬時に背後に飛び込んでくる。
 咄嗟にドアを閉めてしまおうかと考えたが、実行に移すよりも早く、二人が僕を押し退けてドアの外へと出てしまう。に逃げてと告げる暇も当然あるはずもなく、と田中さんたちは対峙した。
「うっ」
 突然、男子の先輩が二人もやって来たことを受け止めかねたは、反射的に身を引いた。無理もない。西谷先輩の跳躍力は折り紙付きだし、田中さんに至ってはぱんつ一丁の半裸だ。驚かない方がおかしい。
 だが、割と胆力のあるは、衝撃を飲み込んだああとは、いつものようにニッと口元を引っ張って笑う。
「こ、こんばんはっ」
 頭を軽く下げたに対し、田中さんも西谷さんも一瞬息を呑んだが、即座その反応を切り替える。
「はわああああああああああああ」
「なん……だとっ……!!」
 ドアノブを掴んで愕然と膝をついた田中さんは顔を赤らめ、廊下に額を擦りつけるように項垂れた西谷さんは僅かに見える耳から表情から色を失ったことを知らせる。
「月島の彼女がこんなに可愛いなんて……」
「あんまりだろっ! こんなメガネが本体のやつにっ!」
 好き勝手に暴言を撒き散らす田中さんたちは、ドアの前を占拠してしまい、通り抜けることが出来ない。いっそ跨いで出て行ってしまおうかと邪険すぎる対応さえも頭を過るほどだった。
「田中また脱いでるし……」
「田中ホント変態」
 冷ややかな声はの先輩たちの声だ。放心しきったようにを見つめる田中さんは、自分に対する言葉さえも耳に入っていない様子で、そんなにショックだったのだろうかと慮ることしか出来ない。
 狭い場所で阿鼻叫喚と化した現場を困惑しながらも眺めていると、ふと正面に立つが田中さんから視線を外した。
「あ、影山もいる」
 片手を上げたの視線はドアの奥へと注がれる。それを追えば、同様に手を掲げた王様の姿が目に入った。
 胸の奥へ苛立ちが沸き起こる。その手を制するように掴めば、簡単にの視線は僕へと戻った。溜飲が下がるような思いで小さく溜息を吐き、薄く唇を開く。
「……あとで追いかけるからとりあえず先に行って」
「お。わかった。じゃあいつものとこで待ってる」
 ――だから、そういうのは田中さんたちを増長させるだけだからやめてよね。
 口をつぐめと言おうが、言うことを聞くようなではない。それどころか更に言葉を繋げ、挙句に墓穴を掘られてしまう未来しか見えない。
「いいから、行って」
 女子の先輩たちに糾弾される田中さんを尻目に、の背中を押して彼女を逃がす。振り返んなくていいから、急いで欲しい。そんな思いを抱えながらも彼女の背中を目で追い、階段を下りるさまを見送って、山口を振り返る。
「山口、僕……」
「あ、俺、今日は嶋田さんとこ寄って帰るから大丈夫だよ!」
「……そう」
「じゃあね、ツッキー!また明日」
 気を使ってくれたことに、釈然としないものを感じたが、それを遮ってついてきてというのも違う気がしてそのまま流した。

* * *

 あの後、一通りの女子の先輩たちの罵りを受けながらも僕のコートの裾を掴み縋り付いた田中さんたちを回収してくれた縁下さんに別れを告げ、難を逃れるように部室棟から離れた。途中、食堂の傍の自販機に立ち寄り、追っ手がないことを確認してからまたのいるであろうグラウンド脇へと急いだ。
 小走りに駆けていると、遠めにの姿が見えた。風がないだけマシ、という程度でしかない寒空の中、街灯の灯るベンチに座ったは、前髪を触ったり、手の中にあるスマホを眺めたり、手持ち無沙汰な様子を醸し出している。投げ出した足を片方だけ引き寄せて、膝を抱えたの顔がこちらへ向く。僕の姿を捉えたのか、ほんの少しだけ嬉しそうに笑った。
 もう見られたのだから意味もないのだけど、走ってきたことを指摘されるのも癪だから、とわざとペースを遅らせて歩き、悠然と彼女の目の前に立つ。
「案外遅かったね」
「……少し、捕まった」
 誰のせいだと思ってんの。口に出さずに胸中で毒付く。どうせ指摘したところでは半分は声をかけてきた山口のせいだと平然と言ってのけることだろう。小さく溜息を吐き、カバンのポケットに差し込んだスチール缶を手に取る。まだ熱の残る2つの缶をに差し出した。
「カフェオレと紅茶……どっちがいい?」
「え、なんで」
「買ったから。ちょっと飲んでいこ」
 不思議そうに目を瞬かせたに更に手を伸ばすことで早く受け取るようにと促す。すぐに帰ればまた道すがら先輩たちに会わないとも限らない。それを避けるためにはもう少し、と時間を潰すしかないのだ。それにだってこんな寒空の下で待たされていたのだから体も冷え込んでしまっているだろうし、と、誰かに聞かれるわけでもない言い訳を胸中で連ねる。
「じゃあ、カフェオレ。サンキュね」
 拗れた僕の思惑を見抜くわけでもなく、は素直に嬉しそうに笑った。うん、と頭を一つ揺らして応え、彼女の隣に移動する。
 そのままの隣に腰掛け、どちらからともなく、スペースを埋めるように座り直した。
 腕が触れる距離に座るのは、寒さを防ぐためなんだから、とまたひとつだけ言い訳を重ねて、缶を開ける。紅茶の甘い熱が、汗が引き、外気に晒され冷えた体温を戻してくれるようだった。
 熱い息を吐きこぼすと、眼前に白い空気の塊が出来上がる。リラックスした気持ちになると同時に、教室や部室で繰り返された会話が頭に思い描かれる。同時にチラついた考えも、だ。
 正直に言うと、12月に入るよりも前から、僕自身気にしていた。
 今年は、と二人でクリスマスを過ごせないか、ということを――。
「ねぇ」
「ん?」
 熱そうにプルタブに触るだけのの手から缶を取り上げ、開口して返す。サンキュという言葉を受け、意を決して口を開いた。
「年末……とか、年始とか…冬休みってどうするの?」
 ストレートにクリスマスの予定が聞けなくて、遠まわしに尋ねると、僕に一瞥を投げかけたは、また缶に視線を落として口を開く。
「あぁ、年末は多分じいちゃん家に行くんじゃないかな」
 飲み口の隙間に呼気を吹き込むは、試しに、と少しだけ缶を傾けたが、またしても顰め面で缶の熱を冷まそうと躍起になった。意図していた会話に繋げる手立てを探りながら、首に掛けたヘッドホンに指を這わせる。が気に入っている映画のDVDでも見ないかだとか言って家に誘えばいいのだろうか。ついでにケーキも食べようと提案してくれればじゃあクリスマスに、なんて言えるのに。
 会話のシミュレーションを頭に思い浮かべながら、そううまくいくはずがないと結論づける。横目にの姿を眺めていると、不意に彼女が僕を見上げた。
「そうだ、ねぇ」
 何か思いついたかのような口ぶりに、誘導じみた言葉に乗ってくれたのだろうかと期待してしまう。逸る気持ちを抑えて、なに、と一言だけ続けるように促す。
「初詣さ、昨年行った神社一緒に行こうよ」
 だが、が口にしたのは更に先の話だった。年末から正月、と実に正しい順序で話が展開されている。ただ僕が欲しかったのはそんな先のものではなく、もう少し前の約束だった。
 律儀に年末年始の予定を教えてくれるが憎らしい。これではまるで、僕だけがクリスマスというイベントに踊らされているみたいじゃないか。肩を落とし、手の中の缶を口元で呷る。雪崩込む熱を飲みくだし、大きく息を吐くと、一層大きな空気の塊が生まれ、霧散した。
「お礼参りって言うんだっけ?お守りもちゃんと返したいし」
「別にいいけど」
「よっしゃ、じゃあ忠にも声掛けとく」
 おざなりな態度で応じた僕に気付かないは、早速、とばかりに山口へ連絡を取ろうとスマホを操作する。相変わらず仲のいい様子のふたりに、また一つ、溜息を吐いた。
 やっぱり、僕だけが気を揉んでいるというのだろうか。
 僕はイベントなんて興味ないけれど、二人で過ごすための口実ならばその情勢に乗ってもいいと思っているのに、が一向に意に介さない態度であることに寂寥を感じる。
 メールかSNSかは解らないが、山口へ連絡を取ったらしいは、スマホを鞄の中にしまい込み、カフェオレを口にする。今度は飲める程度に冷めていたのか、実に美味しそうに顔を綻ばせた。
「それよりさ、クリスマスケーキのことなんだけど。駅前のとこと商店街のとことどっち食べに行こうか」
「は?」
 いつもの軽い調子の声で紡がれた言葉を受け止めかねて、思わず聞き返してしまう。驚愕に目を見開いた僕を、は不思議そうな顔をして眺め、僕からの返答を待っていた。
「……なんで勝手に決まってんの」
 喉の奥に詰まった言葉はそれ以外にもたくさんあった。どうにかこうにか平静を取り繕い、当たり障りのない言葉を返そうと努めた。だけどその中から選別して出て来たのは、弄れているにも程がある疑問の言葉だった。
「嫌だった?」
 真っ当な疑問を返され、僕は思わず背筋を伸ばしてしまう。
「別に、嫌じゃないけど」
「じゃあ。いいじゃん」
 楽しみだなー、と嬉しそうに繋げたは、またカフェオレを口にする。鼻歌でも歌いだしそうなほどに緩んだ口元は、彼女が心からクリスマスを、僕と過ごすことを当たり前に楽しみにしているということを知らしめる。
 紅茶で温められたものとはまた別の種類の熱で、全身が痺れるような感覚が走った。膝の上に置いていた手のひらが意識せずに握り込まれる。
「ねぇ」
「ん?」
「……うちの部活の先輩がさ、幼馴染だか彼女だかがケーキ作ってくれるって自慢してたんだけど……キミは、作んないの?」
 本当はいつものように嫌味ったらしく言うつもりだった。どうせできないでしょ、だなんて続ければ僕の本心を取り繕えた上に、単純なの自尊心を煽り、あわよくば作れるから見とけよ、だなんて確約を得ることもできたかもしれない。
 だけど、本心がそれをさせてくれなかった。浮かれたついでにが作ってくれたケーキが食べたいと思ってしまったのは、隠しようがない。
 慌てて缶を傾けたが、喉奥に詰まるかというほどの戸惑いは、紅茶の熱でもってしても溶ける様子が見られない。
 素直に自分の要望を告げることに慣れていなくて、反対の手で首の裏を抑えて俯く。気恥ずかしさを抱えたままの言葉を待つ、二、三秒の妙な合間さえも嫌に長く感じた。
「いいよ」
 軽く笑い声を含んだ声で、は応えた。僕の顔を覗き込むように背中を丸めたに視線を合わせる。
「せっかくだし頑張ってみる」
 念を押すということだろうか、任せろとばかりに口元を綻ばせたは、うん、とひとつ頷き、背筋を伸ばして空を見上げた。僕もまた彼女にならい、背を元に戻す。
「……うん。楽しみにしてる」
 頑張る、と言ってくれたの心根が嬉しい。簡単に眉が下がり、緩やかに口元に笑みが浮かぶのがわかった。僕の表情の変化を目の当たりにしたは、穏やかに微笑み、手にしていた缶をぐっと飲み干すかのような動作を示した。
「飲み終わった?」
「ん」
「じゃあ、帰るよ」
 あえて平然としているさまを見せつけるように努める。缶を取り上げ、空いたばかりのの手のひらを見つめる。手を繋ごうかと一瞬逡巡したが、そこまで素直に態度に示すことが出来なくて、そのまま傍らにあるゴミ箱へと足を伸ばした。
 ベンチまで戻りながら、鞄の中に入れていた手袋を探り当て、手にはめていると、がぼうっと突っ立っていることに気づく。
「手袋は?」
 普段している黄色とオレンジの縞模様の手袋を出さないことに対して疑問を投げかけると、はしょんぼりと肩を落とす。
「忘れちゃったんだよ」
「夜寒くなるの解りきってるのに。なんでそんなに馬鹿なの」
「忘れ物くらいするデショ」
 わざとらしく僕の口調を真似したは、唇を尖らせる。熱を逃さないようにと、両手のひらを合わせて呼気を吹き付けるに、小さく溜息を吐く。こんなに寒そうなら、致し方ない。
 はめたばかりの手袋を左手だけ外し、に歩み寄る。
「手、貸して」
「ちゃんと返してよ」
「ほんとうるさい」
 照れくさいのか減らず口を叩くの左手を掴み、外したばかりの手袋を彼女にはめる。そのまま右手に手を伸ばし、まだじんわりと缶の熱が残る手のひらを包んだ。
 今日は寒いから。が手袋を忘れたから。もう暗くて夜遅いし心配だから。
 たくさんの言い訳を連ねたところで、たった一つの理由には敵わない。
 が好きだから、手を繋ぎたい。傍に、居たい。
 シンプルな感情を態々に告げることはないけれど、僕を見上げたの表情が普段よりも柔らかなものになったことで、その一部なりとも伝わったことを自覚する。
「家まで送るから。ちゃんと家に着いたら返してよね」
「ありがと。蛍」
 うん、と頭を揺らしたは、ショートケーキは初めて作るだとか、ハンドミキサーを探さないとだとか楽しそうにクリスマスの計画を口にする。こんなに楽しそうな彼女の姿に悪い気がするはずもなく、穏やかな気持ちが僕にまで流れてくるようだった。
「……が作ったものなら、なんでも美味しいよ」
「うわ、プレッシャーだっ」
 演技かかった様子で額を抑えただったが、先程の言葉が僕の本心だというのは多分解っているんだろう。ヘへっと嬉しそうに笑い、繋いだ手に少しだけ力を込めた。応じるように僕もまたきゅっと握り込め、帰ろう、と帰路を促す。
 初めて過ごす二人だけのクリスマスを思い描く。星の煌く綺麗な空を眺め、イルミネーションをと見に行くことも悪くないのかもしれない、と思った。




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