月島 蛍07

宇宙の孤独を埋めよう


 僕らはいつも背中合わせの関係だった。意地を張っての気持ちから目を背けたのは僕で、そんな僕を見て諦めたのはだった。
 あの夏の告白。互いに打ち捨て、仲のいい友達同士、だなんてぬるま湯のような関係を保ち続けてもう3年だ。が、今、僕のことをどう思っているのかはわかりようがない。だけど、僕自身がのことを諦められないままでいる、ということだけは痛いほどに自覚していた。

* * *

 昼休み。母に持たされた弁当を食べ終えた僕は正面に座る山口へと視線を差し向ける。いまだおにぎりを頬張り続ける山口の食事はまだ時間がかかりそうだ。黒板の上に貼り付けられた時計へと目を向け、自分の中でとある算段を付ける。
「……先に手、洗ってくる」
「うん、ツッキー! いってらっしゃい!」
 米粒を口の周りにつけたまま声を張り上げた山口を「うるさい」といなし、立ち上がる。ポケットの中にきちんとハンカチを入れていただろうかと探りながら廊下へと出る。移動する人の姿を横目で確認し、それから周囲を軽く見渡した。見知った顔が見つけられなかったことに対し、ひとつ、息を吐き出す。
 ――は、もう教室に入ってしまったんだろうか。それとも、まだ食堂から戻ってきていないのか?
 不意に頭をもたげた疑念を、振り払うように頭を横に振った。刺激を与えることで一瞬は払い落とした考えも、一度頭に思い浮かべてしまっては、そう簡単に逃げ切ることはできない。反射的に頬が熱を持つ。3年かけて折り重なった想いは、折に触れて表層に現れた。
 昼食を食べ終えた後、この時間を狙って教室を出る習性がついたのはいつからだっただろうか。正確な日付は忘れてしまったが、入学してそんなに経たないうちから繰り返しているというのは自覚していた。
 我欲を抑えられないガキだと自分でも思う。との邂逅を引き寄せるために、いつも同じ時間に廊下に出るだなんて、あまりにも稚拙な駆け引きだ。最初の頃はついて来ようとしていた山口も、繰り返せば目的に察しがついたらしくいつからか見送るようになったあたり、救いようがない。
 もう一度、今度はおおきく息を吐く。僕がひとりで身を焦がしていることを、知らないのはだけだ。
 ――本当に、ムカつく。
 が僕の思い通りにならないことに腹が立つんじゃない。ままならない自分の感情に、一番腹が立つ。毎度待ち伏せするような真似を繰り返していることをにバレたいはずがないのに、僕ひとりが会いたいと願うこの状況が気に入らない、だなんて支離滅裂にもほどがある。
 もうやめた方ががいい。そうやって何度自分を諌めたことか。諦めるのだと口では繰り返し、結局同じ行動を繰り返してしまう悪癖を抑えられないのは、ひとえに、を見る度に跳ね上がる心臓のせいだった。
 釈然としない想いを抱えたまま手洗い場へと足を向けると、3人の女子の姿が目に飛び込んでくる。その中のひとりがであることを認識した途端、嫌でも胸の奥が甘く痺れた。
 渡り廊下からちょうど曲がって出てきたは、例のごとく仲のいい友人らと食堂へと行ってきたのだろう。満足げに顔を緩めているさまが目に焼き付く。まばたきひとつ挟んだところで簡単には消えてくれない。じくじくとした想いを抱えたままを見つめていると、僕の視線に気付いたらしいがこちらへと目を向けた。一瞬でかちあった視線に息を呑む。
「よーっす。月島ー」
 呼び掛けが耳に入ったが、意地っ張りな僕には素直に彼女の呼びかけに応えることが出来ない。いつものように顔を顰めてふいっと彼女から視線を外してしまう。
 かわいくない態度だと自分でも思う。もし、逆にの方がこんな真似をしたら、意地でも視線を合わせるために顎のひとつでも掴むことだろう。
 嫌な態度を取る理由なんてひとつしかない。傷つけては、それでも繋がってくれるを期待しているんだ。
「なんだよ。無視すんなよ月島ぁー」
 不満げな声と共に、ポン、と肩を軽く叩かれる。反射的に肩へと視線を向けたが、そこには既にの姿はない。通り過ぎざまに叩かれたのだと気付くのに、そう時間はかからなかった
 手のひらが自然と拳に変わる。いつもそうだ。とはすれ違うばっかりで、一瞬、重なった道も悩んでいるうちに遠く離れて行ってしまう。
 彗星の周期か、もしくは別の軌道を飛ぶ宇宙船のようだと思う。手繰り寄せない限り、ランデブーには至らない。
 ――ダメだ。こんなことを繰り返したって変われない。
 別に好きじゃないだとか。ほかの男と付き合ってくれれば僕が煩わしい想いをしなくて済むのにだとか。ひねくれた考えをいくつも頭に思い浮かべる。いつか傷つく時のために保険を掛けて、楽になろうともがくのは僕の悪い癖だった。
 だけど、それでもを前にすると、どうしようもない本心が姿を見せる。僕のちっぽけな抵抗なんて簡単に薙ぎ払う、ただひとつの願い。僕は、君と繋がりたい。
「ねぇ、
 踏み出しかけた足を引き止める。振り返るためには少しだけ勇気が必要だった。僕がを見た時、が僕を見ていなかったら――。そう考えただけでも足が竦みそうになる。
 それでも、なら僕の呼びかけを無視したりしないはずだ。今はそれが友情であっても構わない。接触が重なれば、それは繋がりへと変遷するはずだ。そうやって、僕たちがいつか甘く触れるために、小さな賭けを、何度も何度も繰り返す。
 ――今から僕は、君を見つめようと思う。
 他人に期待をするなんて、常にそこそこを求める僕には恐ろしいことだった。それでも願いを捨てきれなかった。僕が今も君を好きでいるのが、その証明だ。
 ――だから、お願いだから。もこっちを見ていて。



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