いつ甘中学時代:03

映画


 部活も引退して受験を目前としながらも観たい映画は外せない。そんな僕のこだわりを知る山口とふたりで映画を観る。――はずだった。
 
 待ち合わせ場所に行くと、そこには約束した相手と、約束した覚えのない人物の姿があった。
「あ、来た来た。ツッキー!」
 喜色を浮かべてこちらに手を振る山口は、今日、紛れもなく共に映画を観ることを約束した相手だ。この場にいることに何ら問題はない。
 ただ、約束をしていない相手が問題だ。彼女に関しては、第三者がいることに対し〝ひとり増えたのか〟と軽く流すことがどうしてもできない。
 手を翳したままこちらを振り仰ぐ山口を睨み付けると、山口は驚いたように目を丸くした。その表情の変化に、山口に悪気があったわけではないことを知る。
 僕だって、別に山口が悪いことをしたとは思っていない。むしろ喜ばしいと思わないでもないくらいだ。だけど、今日の映画に限っては、誘うなら誘うであらかじめ教えておいてほしかった。
 ――こっちだって心の準備がいるんだから。
 何食わぬ顔をしてこちらに視線を向けるに、僕は大仰に溜息を吐きこぼすことしかできない。一年の頃から抱え続ける一方的な想いを、いまだ御しきれていないのは自分の至らなさが要因だ。そこまでわかっているのに、理由の一端を持つ彼女に当たらずにはいられない。
「なんでまでいるの」
「忠に誘われたんだよ。なんだよ、ダメなのかよー」
 僕の態度を見咎めたは、眉根を寄せ不満を露わにした。
 映画を観に行きたいという僕の発言を受け、一緒に行こうと応じたのは山口だった。ふたりで帰っている時の発言だ。当然、その場にはいなかった。山口に誘われたというのが嘘じゃないことくらい僕だってわかる。
「別に、ダメとは言ってないけど……」
「けど、なに?」
「……」
 けど、の後は自分でも続けるべき言葉が見つからない。煮え切らない感情は会話さえも鈍らせる。じっとこちらを見上げるの視線を受け止めていると尚更だった。
 彼女のことが嫌だから、というのはまったくない。むしろ、その逆だからこそ、今日の映画に限っては一緒に行きたくなかったのだと、言えるものなら言いたいくらいだ。
 そっと、彼女の実直な眼差しを避け、踵を返す。
「おーい、月島ァ! 無視すんなー」
 彼女の不平の言葉を背中に受けながら、さっさとチケット売り場へと足を運んだ。

***

 シアター内に入ると、まばらではあるがすでに人の姿があった。3人連席で取った座席を目的地とし、階段を上る。間もなくたどり着いた列とチケットの半券とを見比べ、この列で間違いないことを確認すると、そのまま席へと足を向けた。
「あ、忠。先に行きなよ」
「え、いや、でも……」
 座席の入り口で立ち止まったは、そっと山口の背を押した。歯切れの悪い声をこぼす山口の視線がチラッとこちらへ転じられる。山口が言わんとしていることに気づき、俄に表情が曇る。
 長い付き合いだ。との関係に対し、山口に気を使われていることも、応援されていることも気づいている。だが、正直その気遣いに乗るか乗らないかの判断に迷う事の方が多い。
 乗って、ホクホクしてる山口を見るのが癪というのもあれば、ストレートに浮かれる自分が嫌だという思いの方が強く出ることもあった。
 ただ、秤にかけ、どれだけネガティブな感情を抱いたところで、目の前にある好機に抗いきれることはほとんどなかった。
 抱え込んだポップコーンを摘んで口に運ぶ彼女を見下ろす。キャラメル味と塩味と交互に食べたは、きっと僕が悩んでいることなんて微塵も気づいていないんだろう。
 飄々としたが憎たらしい。小さく舌を打ち鳴らし、もう一口、とポップコーンの容器に手を差し入れようとしたの腕を掴む。
「あれ? なんで?」
「――いいから」
「……はいはい」
 身勝手な僕の行動に対し唇を尖らせただったが、その表情はまばたきひとつ挟めば深い笑みに変わった。の表情の変遷は、いつだってこの選択が間違いではなかったのだと僕に知らしめる。抜け出せない片想いが続いてるのはそのせいだ。
 真っ直ぐに笑うが見ていられなくて掴んだ手を引き寄せる。そのまま奥に座るようにと、トン、とその背中を押し出してやった。
 不思議そうにこちらを振り返る視線から顔を背け、カップホルダーにドリンクを置く。
「まぁ、いいや……」
 ストンと椅子に腰を下ろしたにならい、僕、そして山口と順に席に着く。
「ポップコーン、また月島が持つことになるけどいいの?」
「別に、いつものことデショ」
 そうだ。いつものことだ。3人で来ればいつだってこの席順に収まる。代わり映えのないものだと一蹴出来ればどれだけ楽なのか。
 今日の映画は、以前から楽しみにしていたものだ。シリーズを通して見ている最新作となれば、期待もひとしおだった。気のおけない友人である山口だけならば別に隣にいたところで気を遣うことはないから問題は無い。だが、のが隣にいるとなると、どうしても意識がそちらに傾いてしまう。
 ――だから、今日の映画は誘いたくなかったのに。
 他の映画を観たときもそうだった。目まぐるしい展開に目をキラキラとさせるの反応が気になって、横目でその顔を盗み見てしまうんだ。
 の隣に深く腰掛け、差し出されたポップコーンを口の中に放りこむ。肘掛に頬杖をつき、長い息を吐き出して嘆きの言葉を頭に思い浮かべる。
 ――あぁ、今日の映画もまた集中して見れそうもないや。




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