神 宗一郎04:きらきら零れる(七夕)

きらきら零れる


 練習試合で武石中に足を運んだ帰り道。知り合いの家に用事があるのだと偽って、と並んで同じ道を辿る。適当なところで曲がるのだと別れを告げるつもりではあるものの、思いのほか一緒にいることが楽しくてなかなかそれを切り出すことが出来ないでいた。
 の口から出る話題は、どれも楽しい。クラスで起こった出来事だとか、部活の先輩後輩についての話、昨日見たバラエティの話でも、なんでもだ。
 楽しそうなが見れるから、嬉しいというのも多分にあるのだろう。今もまた、クラスの友達が家族旅行で行ったという京都の話を、は実に楽しそうに言葉を紡ぐ。夏休みももうすぐなこの時期に羨ましいと素直に言ってのけるのあどけなさを、かわいいなぁと思ってしまう。
「思い出した!」
 目を丸くしたは、背中側に回していたスポーツバックを前面に持ってきて、その中に手を差し入れる。なにやらガサゴソと探した様子をみせたの表情が解ける。どうやらお目当てのモノを探り当てたらしい。
「ほら、これ!」
「ん、なに?」
 誇らしげに掲げた手に視線を近づけようと体を寄せる。の手にある瓶の中で、パステルカラーのものが、の歩く動きに合わせて踊る。きらきらと夜の小さい光に反射するようだ。
「金平糖?」
「そう! 友達にお土産でもらったんだ。宗も食べようよ」
 手を翻して蓋を開けたはその中から一粒を口に運び、俺を見上げる。
「はい、食べて食べてー」
 瓶を傾けて探り、その中からひとつを取り出す。すっとしなやかな指先をこちらに向けたは、言葉通り食べろ、ということなのだろう。俺の口元の前でその指を止めた。
 無頓着な接触を強いるが、何にも考えていないことは分かっている。それでも簡単に感情が揺さぶられる。一度視線を脇に外し、そして金平糖に目を落としそのまま口元を寄せる。硬質な感触とは別のものが唇の先に触れる。それだけで首の裏が燃えるように熱くなるのを感じた。
 軽く口の中で転がし、噛み付く。必要以上に歯を立てたのは、恥ずかしさを抑えるためだった。
「あ、美味しいね、これ」
 懐かしいような味がふわりと口の中に広がる。上品な砂糖の味が、ファミレスで食べるケーキとは違い、後口にさらりと薄らいでいく。
「でしょ! すっごく美味しくてさ。今日もらったのにもう半分以上食べちゃったんだー」
 歯を見せて笑うがまた一つ、瓶の中に指先を入れて口の中に放り込む。緩む口元が美味しいのだと宣言するよりも強くその印象をもたらした。
「もうちょっとあげるよ」
 今度は瓶をこちらに向けたの動きに合わせて、手のひらを差し向ける。その中にさらりと3粒の金平糖が転がり込んできた。ピンクや白といた淡い色のそれを口に運ぶと、やはり見た目の印象通りに淡い味わいを口の中にもたらす。
 最後に一つ残った黄色の一粒を拾い上げると同時に、夜空に瞬く星と姿が重なる。
「金平糖って星に似てるよね」
 俺が思い描いたものと全く同じことを考えたらしいの言葉に、彼女を振り返る。見れば瓶を目線よりも少し高く掲げ、夜空に透かすかのように柔らかく振っていた。
 黄色の一粒を口の中に収めることが出来ず、俺もまた彼女のように夜空に翳す。淡い光を放つ月と重ね、指で挟んだ金平糖を少しだけ動かした。
「そういや、もうすぐ七夕だけどは短冊に何か書いたの?」
「んー。特に、なにも」
 片目を瞑って瓶の中を覗き込むの答えに小首を傾げる。普段ならイベントごとに燃えそうな性格をしているのに、どういうことだろうか。
「一粒食べたら願いが叶う、とかならいいのに」
 聞こえるか聞こえないかギリギリの呟きが耳に触れる。同時に、先程まで浮かんでいたの笑みが陰った。眉根を寄せ、目を伏せる。いつものように不満や不平を口にする時とはもっと種類の違うの表情に戸惑いを覚える。
 ほんの少し明るみを映した空に、瓶を翳したの願いはなんなのか。
 聞きたいような気もしたけれど、黙って流してあげることもまた友達の役割なのかもしれない。そう思い直して掲げたままだった金平糖を口の中に放り込んだ。



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