清田 信長01:月が煌めく銀色の日(VD)

月が煌く銀色の日


 夜ご飯を食べた後、腹ごなしにのんびりと愛犬の散歩している道中で空を見上げる。やけに明るいと思ったら今日は満月なのか。
 夜空に輝く満月を見ていると、それを見たら大猿に変身する内容の漫画を思い出し、桜木と湘北の元キャプテンなら出来そうだなんて考えて、1人だというのに思わずニヤついてしまう。
「あっれー、清田?」
 唐突に掛けられた声に、反射的に振り向いた。誰だろうといぶかしんで目を細める。
 月の明かりがあると言えど日中に比べれば当然見難く、電柱の明かりを頼りにその人物の姿を目に入れる。見知った顔であったこと、それも結構普段仲良くやってるヤツだったので、安堵に胸を撫で下ろす。
 さっきの笑いを引き摺っていたのもあって、自然と綻んだ口元を持ち上げてると、も釣られたように笑った。
「よぉ、
 真冬なのにアイスを食べながら歩くは、同じクラスの女だった。
 片手をひらりと翳してやると、もまた、オレと同じように手の平を振った。散歩用のリールが引っ張られたことに怒ったのか、それとも散歩の邪魔をされたくなかったのか、オレの犬がウォンと甲高い声を上げたが、その訴えは却下する。
「家近所だったんだな、ちょっとびっくりした」
 入学してもうすぐ一年が経つが、地元の話をしたことは無かった。また、お互い部活には入っているが、やっぱり種目が違うと下校時刻はずれ込むため、気付けなかったのだ。
「うん、そうなんだ。清田は良くこの辺走ってるよね?」
 オレに反して、はオレの家が近いことを知っていたらしい。言ってくれればよかったのに、と思ったけれど、家が近いからって別に何も変わりはしないかと思い直した。
「まぁな。何処行ってたんだ?」
「あっちの通りのセブン。急に甘いものが食べたくなっちゃって」
 この寒い気温の中、食べかけの棒アイスに噛り付くに、オレが食っているわけではないのに、思わず身震いしてしまう。
「夜食ったら太っちまうぞ」
「その分動くから平気ー」
 間延びした声と同様に、間抜け面を下げたは、食べきったアイスの棒を元々入っていたであろうアイスの袋の中に放り込み、軽い足取りでもってオレの隣に並び、すぐさま傍らにしゃがみこんだ。
 お目当てはどうやらオレでなくコイツらしい。顎の辺りを撫でられるのが気持ちいいのか、先程の憤りなどなかったことにしてうっとりとした表情を浮かべる犬に、この調子モノめ、と内心で悪態をついた。
「犬飼ってるんだ」
「おぅ、バカだけどかわいいとこもあるんだぜ」
 得意気に胸を反らし、カッカッと笑うと、はオレを振り仰がずに目を細めるだけの反応を取る。どうやら犬に触れるのに夢中らしい。無視されているというわけではないのだろうけれど、どうも手持ち無沙汰な感が否めずに、チェ、と小さく零した。
「へぇー、でも飼い主よりも利発そうな顔してるけどなぁ」
「どういう意味だコラ」
「いや、まぁ、あはは」
 誤魔化すのがへたらしいの壊れたロボットを想像させるほどの固い笑い方に、失礼なことを言われて剥れていたオレも思わず笑ってしまう。
「ごめんー」
 またしても間延びした声を発したは、詫びを入れるかのように顔の前で両手を合わせることで、自らの手首に引っ掛けたコンビニの袋の音をカサリと鳴らした。その音に触発されたかのように視線を転じたは、きゅっと唇を持ち上げて笑う。
「あ、そうだ。清田お腹減ってない?」
「あ?」
の言葉に促され、腹に手をやってみると随分な距離を歩いていたせいか、小腹が空いているような気がした。
「そーいや減ってっかも」
「そう? じゃあお詫びの印にこれあげるよ」
 コンビニの袋から取り出した立方体の箱を掲げられたので、くれるのならば、と黙ってそれを受け取る。手の平サイズの箱に、何が入っているのか解らなくて手の中で転がすとカサカサと中身が動くような音がした。
 底の方に貼ってあるシールを見つけ、そこに表記された商品名を確認すると、生チョコとだけ書かれてあった。甘そうで、しかも美味そうな表記に、喉を鳴らして唾を飲みこむ。
「なんか、セブンで売ってたから、なんとなく買っちゃった」
「え?」
「投売りのお菓子とかもだけど、レジ前の棚に乗ってると思わず手が伸びちゃうんだよねー」
 オレから視線を外したは、コンビニの袋を目の上辺りに翳したのだが、その中にはもうアイスの袋しか入っていない。アイスとチョコしか買ってないのに、貰ってしまってもよかったのだろうかという考えがチラつく。でも突っ返すのも礼儀に適っていないか。
「だから、なにが?」
「なにって、バレンタインのチョコ?」
 彼女の言葉に、そう言えば学校でも何人かの女子からチョコを貰っていたことを思い出す。 ほとんど授業の合間の休み時間や、部活帰りの道のりで食べきってしまったため、すっかりそのことを忘れていた。
 最後に一つ、とばかりに犬の頭をわしゃわしゃと撫でてから立ち上がるは、名残惜しそうに擦り寄る犬から、オレの方へと視線を転じる。微笑みを携えているのに、どこか視線を外すことが出来ないようなの表情に、思わず息を呑んでしまう。
「バレンタインって、別に意識してなかったんだけどさ、清田になら渡してもいいかなって、今思ったの」
「今かよ」
「うん、なんでかな。さっきね、振り返ったときの清田の笑顔がいいなって思ったの」
 犬に向けていたときと同じくらい柔らかなの表情に、瞬時に耳の裏の辺りに熱が走る。
「月のせいかな」
 言って、柔らかく笑んだは、ロボットなんてとんでもない。今度の笑い方はすごく可愛く見えた。
 別にチョコを貰ったからなどという、ゲンキンな理由ではなく、純粋にそう思ったのだ。焦って自分の手元に視線をやると、貰ったばかりのチョコが手の中にはあり、益々頬が熱くなる。
 安っぽい銀色のラッピングを施されたその箱は、月に反射してキラキラと輝いて見えた。    



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