君しかいらない
「洋平は貰ってくんねーぞ」
「甘いモノ嫌いだとかお返しする余裕が無いとか」
「そーそー。オレらさっき見たもん、洋平が女の子からチョコ断ってるとこ」
バイトの前に、花道のバスケやってる姿を見ることがいつの間にか日課になっていた。その体育館へと向かう途中、無遠慮な言葉をまき散らす大楠たちに囲まれたの姿を見つける。
「えー、なんで」
顔を顰めて非難を示すの手には、大楠たちが持ったものと同じくらいの箱が握られている。
先程の会話を考えれば、が用意したチョコさえもオレが断るのだとアイツらに諭されているようにしか見えない。
色々なお誘いを断ってきた結果がコレかよ…。
やっと振り切ってここまで来たというのに、と安息の地が無いことに思わず溜息を零してしまう。
「お前らそんなこと言ってオレの分もから巻き上げようとてしてんじゃねぇだろうな」
やいのやいのとを取り囲んで騒ぐ3人の背中に向けて声を投げかけると、目を丸くしてそれがぞれが振り返った。
「げ、洋平」
「いつから聞いてたんだ」
「冗談だよ、冗談」
オレの言葉受けて、高宮も大楠も野間もそれぞれ慌てた様子で弁明してくるが、だけは目を瞬かせてオレを見上げてくるだけだった。
「冗談ねぇ……」
冗談めかしてるのは充分解っていたが、に余計なことを吹きこまれていることに小さく溜息を吐いた。
どうせ口さがない女子たちにかかれば明日の昼休みにはオレが誰々さんのチョコを受け取らなかっただなんて噂されるのは解っていたけれど、まさか身内に裏切られるのを目の当たりにするとは思ってもみなかった。
「あ、オレら先に花道んとこ行っとくわ」
オレの様子を怒ったのだと決めつけたのか、顎を触りながら視線を逸らした野間は「また後でな」という言葉を残して大楠と高宮を連れてこの場から離れていった。
そそくさと逃れた3人を見送り、改めてに視線を落とす。
彼女のお腹の辺りで抱えられた青色の包み紙に赤いリボンがあしらわれたそれは、見当違いでなければオレに用意されたものなのだろう。
2月14日、このバレンタインと言う日に相応しいのであれば、中身はきっとチョコレート。
アイツらも包み紙の色は違えど同じ形のものを持っていたのだから、から既に貰ったってことなんだろう。
だったらもう態々オレの悪評なんて流さなくていいはずなのに。
大方、をからかいたいだけと言うのもあるんだろうけれど、オレにとって一番手を出されたくなかった場所なだけに、溜息を零さずにはいられなかった。
「洋平、チョコ嫌いだったっけ」
不思議そうに首を捻ったは、先程の彼らの言葉を拾い上げ、オレに投げかけてくる。
納得がいかないように手の中にある包みを転がしながら尋ねられた質問にオレは彼女同様に首を傾ける。
そりゃそうだ、中学の時だって彼女からバレンタインにチョコを渡されれば喜んで受け取った。そういう姿しか彼女には見せていない。
「いや、別にそういうわけじゃないけどな」
「それじゃ、もらっときゃいいのに」
「返せもしねぇのに受け取るのも悪いだろ」
「女の子としては受け取ってくれるってのが嬉しいのに」
「そういうもんなのかねぇ」
ポケットに突っ込んでいた片手を抜き出し、首の後ろを掻きながら片目を瞑る。
返せない、というのは別にホワイトデーのお返しのことを言ってるわけじゃない。
ただ一人にしか向かわない気持ちを、誰か他のやつに返せるはずがなかった。
「まぁ、いいや」
あっさりと言ってのけたは、小箱を持ったまま頭の後ろで両手を組む体勢を取る。
この話はもう打ち切りですよと言わんばかりの仕草が、妙な正義感でモノを言わない彼女らしかった。
「で、これ、オレの?」
彼女の頭の後ろに手を伸ばし、小箱に触れると自然ととの距離が詰まる。
真下から見上げる彼女の上目遣いのその表情は、結構胸に鈍い痛みを走らせるだけのものがあった。
「え、うん」
「じゃあ、もーらいっと」
言って、の手に掴まれていたチョコと思しき包みを摘み上げると、丸い目を瞬かせたはぽかんと口を開いたままオレを見上げた。
「貰わないんじゃなかったの」
「それはアイツらが勝手に言ってるだけだよ」
「でもクラスの子がぼやいてるの聞いたけど」
「耳聡いことで……」
彼女の発言に思わず苦笑する。
結局アイツらが言わなくても既には知っていたということか。
確かに朝だとか昼休みだとかに何人かから、いろんな場所に呼び出されては告白めいた言葉とともにチョコレートを差し出されはしたが、彼女の言うとおりにその全てを断った。
食い下がられた相手に対して、気がないだとか惚れてる女がいるだとか、直接的な言葉は言わないまでも、理由はいくらでも並べ立てることが出来る。それは事実だから仕方がない。
だけど、その断ったという経過はともかく、そこに至る理由はひとえにがいるからだ。
操を立てるというと仰々しいが、要はオレが以外の人間に愛想をふりまくつもりがないというだけのことだった。
「が誰の言葉を気にしてんのか知らないけど、お前のためにするバイトは苦痛じゃない」
「別にお返しのこと言ってるんじゃないんだけど」
オレがはぐらかしたのに気付いたらしいは、納得がいかないというのを示すように唇を尖らせる。
その子供のような仕草に笑い、左手で彼女の後頭部を撫でる。
距離の近さも相まって、少し力を込めれば抱きしめることも出来そうだ、と良からぬ考えが頭を過ぎる。
「いいんだよ、お前だけは」
触れられても意識されないというのは少し寂しいけれど、こうして踏み込んだ距離に置きたい相手はどう考えてもだけだった。
「ありがとうな、」
「おうっ!」
オレの言葉に色気のない返事を返したは誇らしげに白い歯を見せて笑う。
その笑顔に愛しさが込み上げて、誤魔化すように彼女の頭を撫でる手を振るい、彼女の髪の毛を掻き乱した。