三井 寿07:愛しいその背中ならば

愛しいその背中ならば


 歯医者に行って治療し、美容院に行き所謂ヤンキースタイルからスポーツマンらしく身なりを整える。禊とも言えるその行為は、大袈裟に言えば、オレが生まれ変わるための儀式のようなものだった。
 髪を切って家に戻ると、居間に座っていた母親がオレを見るや否や、酷く驚いた様子で持っていたコーヒーカップを落とした。ちょうど飲み干した直後だったのか幸いにも中身は零さなかったようだが、陶器で出来たそれは無残にも割れてしまう。
「あら、やだ、ちょっと……あんた、寿?」
 自分の息子の変貌ぶりを受け入れられないのか、あんぐりと開けた口を手で隠すことなく、驚愕に目を見張る。
「……ただいま」
 バツの悪さたっぷりに帰宅を告げたが、母親はその返答をするでもなく言葉をまごつかせるだけであった。床に散乱した破片を拾い上げながらもこちらを盗み見るその反応に、癪に障るよりも傷付くなんてナイーブなことを思ってしまう。
 唇を尖らせたまま自室に戻り、後ろ手で鍵を掛ける。立てこもるような真似をするのはおかしい気もするが、あの母親の様子では追いかけてきて、もう一度顔を見せろと言われそうだったから、それも仕方のないことだ。
 一つため息を吐き、額に手をやったが、今までと比べてかなり短くなった前髪に触れるだけであった。こんなに短く髪を切ったのは小学校以来で、少し心もとないような気がしたが、今まで長すぎた分、かなりスッキリとしたと思う。
 ――が見たらどう思うんだろうか。
 まだ恐らく学校に残っているだろう幼なじみのことを思い出すと同時に、チリっと胸の奥が痛んだ。
 学校から病院へ行く直前までの少しの間話をしたけれど、がオレに本当の意味で笑いかけることはなかった。それもそうだ。アイツが見ている前で、バスケ部を襲撃して、安西先生の前で泣きじゃくったところで、それをにわかには受け止められるはずがないんだ。
 口先だけで謝ったところで許してくれるはずがない。もしいつか許されることがあるのなら、アイツを、そしてバスケ部の連中を、オレの力で全国に連れて行くことだけが、贖罪として受け入れてくれるものなのではないだろうか。
 深く瞑目し、心に蝕むように広がった悔恨を飲み込み、のろりとクローゼットの前に足を運び、その奥に隠していた一つの箱を取り出す。そこに入っていた白地に赤いラインの入ったバッシュを、両手で包むように取り出し、片足ずつ紐を結んでいく。
 足のサイズはあの頃とさほど変わっていないようで、すんなりと踵まで飲み込まれる。履き終えた後、まっすぐ立ち上がる。
 2年ぶりに引っ張り出したバッシュは、手入れはしていなかったけれど、オレが戻るのを待ってくれていたかのように、良く足に馴染んだ。それだけで酷く泣きたい気分に襲われた。

* * *

 翌朝、登校時間に間に合うよううに家を出るときも、母親は不可思議なものを見るように人の顔を凝視していたし、父親もまたトイレのドアの影からオレの様子を伺っていた。この気まずい感じも1週間も経てば終わるのだろうか、と家のドアを閉めながら溜息を吐く。肩に掛けたスポーツバッグの紐を、調整するように引っ張ると、鞄の中で持たされた弁当やバッシュが傾いたようだった。
 そのまま学校への道のりを辿っていると、足が少しずつ竦んで重くなっていくのを感じる。学校へ行くことに恐怖を覚えている自分が情けなかった。
 退部届けは出していなかったからバスケ部に所属したままだと木暮は言っていた。だけど昨日の今日でどの面を下げて部活に参加すればいいのか。
 改心しただなんて口先だけで言ったところで証明できるものでもないし、何よりも徒党を組んで暴れ回ってぶっ潰そうとした癖に、手の平を返すようにバスケをさせてくれと頼むだなんて、あまりにも虫がよすぎる。
 オレが逆の立場であれば、許せないと突っぱねることだろう。そう考えるのが、普通だと仕掛けたオレでさえ思うのだから、当事者の宮城たちの思惑など計り知れない。ただ解るのは受け入れ難いだろうということ。それだけだ。
 これから真面目にバスケをして、少しでもチームの勝利に貢献出来れば、いつかはオレがいてもいい理由になってくれるのだろうか。そう考えることだけが、支えだった。
 歩みを進めながらも、浅い呼吸を繰り返す。それでも脳に酸素が届いていないのか、軽い酩酊感が頭を覆った。
 学校が近付くに連れて緊張感が増してきたのか、背筋に冷たい物が走る。バスケをするためにどんな非難も受け入れるのだと決めたけれど、それでも身内を焦がすような後悔が襲いかかってくるのは止まなかった。
「ひーくん」
 背後から柔らかな声が掛かった。その声と、呼び名で誰が声を掛けてきたのか、すぐに理解した。
……」
 思わず確認する前に、言葉が口から零れた。立ち止まり、振り返って見れば、やはり想像通りがそこに立っていた。
 朗らかにオレを見上げて笑うに、心中にあった重石のような感情が薄く引いていくのを感じる。安堵に、一つ息を吐きだすと、そこで漸く普段通りの呼吸が出来るようになった。
 つい先日までは、もう関わって欲しくないだなんて疎ましく思っていたというのに、自分の調子のよさに呆れてしまう。オレの顔を見上げたままのは、当のオレの顔がひきつっていることに気付いたのか、少しだけ眉を下げて目を細める。
 黙りこんだは、それでもオレを見つめる目を逸らすことはない。真っ直ぐなの視線は、オレのことをすべて見透かしてしまうようで、ドキリと心臓が高鳴った。
 2年前と、何も変わらない。ただひたすらにまっすぐにオレへと向けられる視線。この視線から逃れることなく、また向き直ることも、これからは出来るんだな―――。
 後悔ばかりが溢れた現状で、希望がひとつ、見えた気がした。
「大丈夫だよ」
 丸っこい目でオレを見つめていたが、目元を柔和に細めながら口を開く。
「リョータ君もヤス君も……ひーくんのこときっと受け入れてくれるから」
 まだ何も言ってないというのに、はオレの顔を見ただけで、オレの中にある感情を見抜いてくる。そんなこと今に始まったことじゃないのに、胸が締め付けられるようだった。
 黙ったまま、から顔を逸らし、面を伏せる。昨夜考えなかったわけじゃない。
 ――もしかしたら、もうに見放されるのかもしれない。
 バスケ部を、そしてその部員を、不良仲間を引き連れて滅茶苦茶にしてしまったことで、もう見限られてもおかしくないと覚悟していた。捨てるのだと腹を括った感情を、またが拾い上げてくれているのだと、喜びに肌が粟立った。
 瞑目して、唇を噛み締め、身体の真横でだらけさせていた手を握り込め、拳を作る。誰も味方でなくとも、がこうやって傍にいてくれるのなら、怖いものなんてない。歓喜に打ち震えていると、の指先がオレの手の甲に触れた。それに触発され、緩く拳を開く。
 それ以外、抵抗も反応もしないままでいると、そのまま指先を握りこまれる。ひやっとした冷たいの手の感触に、そっと目を開く。
 冬ならばまだ解る。だけどもう春も中頃といった季節なのに、なぜこんなにも冷たいのか。昔から冷え性だっただろうか、と記憶を巡らせてみたものの、子供の頃どころか、高校に入ってすぐの頃の体温さえも思い出せるはずもなかった。
 何よりも緊張しているはずのオレよりも指先に熱がないことが気にかかる。も緊張しているのだろうか。そう結論づけることが一番妥当のように思えた。
「手、冷てぇな」
「昔からそうだったじゃない?」
「さぁな」
 の手の冷たさのおかげか、後悔や焦燥などといった負の感情から解放され、冷静になっていくのが自分でも分かった。
 冷静になれば少し心中にも余裕が出てきて、軽口に似たものを叩けるようになる。反射的に振りほどこうとしなかったのは、に触れられたことが久々で、思わず懐かしいと感じたからだった。
 握られっ放しのままだった手を、一本ずつ指を動かすことでゆっくりと握り返した。バレないように、と注意を払ったのだが、そんなもん当然すぐには感知する。
 敢えて向けなかった視線をに向けると、じっとオレを見上げたままだった様子のが、簡単に表情を崩したことがその証明だった。子供のように無邪気な笑みを浮かべたが、一歩足を踏み出す。それにつられるようにして、オレもまた学校への道を歩き始めた。
 クスクスと機嫌良さそうに笑いながら歩くは、放っておいたら鼻歌でも歌い出しそうな雰囲気を醸し出す。の表情を見続けることが気恥ずかしくなり、繋いでいない方の手をポケットに突っ込んで、空中に視線を泳がせた。
「楽しみだなぁ」
「あ?」
 逸らしたばかりの視線をもう一度に向けると、彼女は溶けそうなくらい口元を緩めて笑っていた。
「ひーくんのバスケ観るの」
 朗らかに笑うに悪い気がするはずもなく、むしろ胸中が喜びで占められていく。屈託のない笑顔というのは見ていて喜びよりも照れくささが湧き出てくるのか、に向けて似たように相好を崩すのは憚られて、思わず顔を反らしてしまう。
 オレが戸惑っているのに気付かない様子のは、スキップでもしそうな勢いで、繋いだ手を揺らしながら歩き続けた。それを引き止めるように手のひらに力を込めると、反動でが少しだけこちらへと傾く。

「ん?」
 覚束なくなった歩みを数歩たたらを踏んで堪えたは、自分の足元に視線を落としたまま相槌を打つ。
「……あの、な」
 握ったままだった手に力を込める。それだけで何かを感じ取ったのか、面を上げたは口元を少しだけ引き締め、傾けたままだった身体を更にこちらへ寄せてくる。
 腕がぶつかりそうなくらい近くを歩くに、自分から話しかけておきながら何を伝えたかったのかが漠然としすぎていて、掴み取れなくなる。
 感謝だとか謝罪だとか、――情愛だとか、口にした方がいいものなのは間違いない。でもそのどれもをうまく伝えきるための言葉が見つからなくて思わず口籠ってしまう。
 言葉を探すうちに妙な沈黙が流れてしまい、オレを見上げるの視線で顔に穴が空きそうだった。
、オレ、――」
「あっれー、ちゃん?」
 言い淀みながらも、決死の覚悟で口を開いた瞬間、間の抜けた男の声が耳に届く。咄嗟に繋いでいたの手を振り払い、これ以上ないほどに接近していたから距離を取る。
 急に離れたことで怒ったのだろう、鋭い視線で見上げてくるを無視し、右肩にかけた鞄を担ぎ直す仕草で誤魔化しながら角から出現したばかりの男に視線を向ける。こちらに大きく手を振っているのは、オレの天敵でもある宮城リョータだった。
 妙な苛立ちが湧き、思わず顔を顰めてしまったが、宮城はオレの視線に気付かずにゆったりとした歩みでの正面に足を運ぶ。
「おーっす、ちゃん」
「リョータ君、おっす」
 先程の鋭い視線はどこへやら、すぐさま愛想良く笑うに、コイツの外面の良さは変わらないのだということを痛感した。ひらひらと呑気に手をかざしてに笑いかける宮城が、最悪なタイミング出ててきたことに顔が歪んでいくのがわかった。
 チラリと宮城がオレを見上げ、いぶかしむような目でマジマジとこちらを見てくる。ガンを垂れているのかとも取れるその視線に、思わず反射的に睨み返すと、それを受けた宮城は更に視線を鋭くさせたが、すぐさま目を丸くし、あんぐりと口を開けた。
「……って、三井サン?」
 驚いたように目を見開いた宮城は飛び退るように一歩後退し、不躾にもオレの顔を指差す。心なしか声が裏返ったようにも聞こえた。見たこともないコミカルな宮城の反応に、オレもまた後ずさりをしてしまう。
「ハァ? んだよ、その反応」
「いや、その……うっわ、意外と解んないもんっすね」
「どういう意味だよ」
「いや……別に喧嘩売ってるとかじゃないっすよ。ただ――」
「ただ、なんだよ」
 面白いほどにたじろいだ宮城はチラリとへと視線を向け、助け舟を出してほしそうにしたが、は特に宮城へ進言などせず黙って笑うだけだった。
 ……コイツ今の状況楽しんでやがんな。
「……普通に真面目なスポーツマンじゃん」
 オレがを睨みつけている間、たっぷり5秒口ごもった宮城は、ひどく嫌そうな顔をして言葉を零した。
「ハァ? 真面目って……」
「いや、アンタ、前の印象悪過ぎなんだって」
「アンタって言うな、テメェ」
「あ、つい」
 顔の前で平手を翳して降参の意を示す宮城に、つい半身構えていた身体から力を抜く。殴りかかるまではいかなくとも、挑発的なことを言われて反射的にキレそうになってしまった。
 そうというのも宮城のノリが昨日までと比べてかなりフランクなものになっているから、ついついツッコミを入れるような感覚に陥ってしまう。意外とすんなり話せていることに、気持ちが楽になっていくようだった。
 一方的なシンパシーを感じていることのあまりのバツの悪さに唇を尖らせていると、手のひらで口元を覆うに宮城が話しかける。
「でもさぁ、ちゃんも解んなかったでしょ?」
「うーん……そうでもないかな」
「え、ウソォ」
「だって髪型だけじゃない? 変わったのって」
 チラリと上目遣いでオレへと視線を向けたを、意図的に無視する。表情は然程変わらなかったけれど、が不機嫌になったことを肌で感じた。
「いや、なんか顔つきもだいぶ違うし、全然解んないって」
 の言葉に納得の行かない顔をしている宮城は、何度もオレの顔を眺めては首を捻る。
「えー、オレ観察力とかそういうのは長けてるつもりなんだけどなぁ」
 悔しさを滲ませて呟いた宮城は、頭の後ろで両手を組んで胸を反らす。
「つーか、ちゃんスゴイよね。三井サンのこと見たの昨日だけでしょ?」
「え?」
「え、ってなんで?」
「だって」
 ちらりと横目でオレを見上げたに、余計なことを言うんじゃないぞ、と声に出せない代わりに睨みつけることで制した。その視線を受けたは目を細めるだけの反応を取ったが、果たして宮城にどこまでオレたちの関係を伝えるのだろうか。
 関係と言っても、ここのところはずっとオレが避けていたというのもあり、幼馴染だというのすら憚られてしまうほど希薄なもののように思える。そう考えると、無関係なのだと示しておいた方が、のためになるかもしれない。
の方がお前より鋭いってことだろ」
 その言葉は、以前からオレたちの間には接点はないと示すためのものだった。別に明かしたところで、この様子ならば宮城は悪ノリするだけなのだろうけれど、もしも他の部員、例えば桜木なんかにバレて、の印象が悪くなるのは喜ばしいことではない。
 オレとしてはを守るつもりの発言だったのだが、の機嫌は益々悪化したのか、今度は目に見えて不機嫌であると示した。逆立てた柳眉を、それでも一瞬で隠したは宮城を振り返り、朗らかに笑って頬に人差し指を立てるポーズを取った。
「前にリョータ君に殴りかかったのはどこのどいつだー! って見に行ったことがあったから」
 機嫌のいい声で言い放ったは、舌をぺろっと出して、ウインクを一つ散らした。傍目から見れば茶目っ気たっぷりの可愛く見える動作や愛らしい顔も、実情を知るオレにとっては挑発としか捉えることが出来なかった。
 胸に刺さるような言葉を放ったに鋭い視線を向けたが、当然、も瞬時に笑みを引っ込めてオレを睨み据えてくる。
「あぁ、なるほど」
 オレたちの間に漂った不穏な空気に気付いていない宮城は、気を良くしたのか、一人で声を上げて笑う。
ちゃんは正義感強いからなぁ」
 頭の後ろにやっていた手を解き、胸の前で腕を組みなおした宮城は納得したかのようにウンウンと頷く。そんな宮城の様子を目に入れたは、肩から力を抜いて自然に笑う。
 だからなんでコイツの機嫌はこうも簡単に浮き沈みするんだよ。
 見てて見飽きないのは変わらないな、と、その懐かしさに毒気を抜かれてしまう。
「宮城、!」
 背後から掛けられた声に振り返ると、そこには先程の宮城と同じように手を振りながらこちらへ掛けてくる木暮の姿があった。
「オス、木暮さん」
「おはようございます、木暮先輩」
「ヨォ」
 宮城やにならい、木暮に挨拶を返したが、木暮は一瞬オレを見上げ、きょとんと目を丸くする。オレに視線を合わせたまま2、3度目を瞬かせた木暮は、唐突に両腕で顔を防御するように掲げて後退った。
「うわっ、三井?!」
「……木暮もかよ」
 とっさに口元を手で隠した木暮の発言に、も宮城も腹を抱えて爆笑する。あまりの扱いの悪さに、しまいにゃ泣くぞ、と心中で呟いた。
「いや、変わったな……お前」
「もうそのやり取りさっきやったっつの」
「そうか、スマン……。いやーでもわかんないもんだなぁ……」
 メガネを持ち上げてオレの顔や髪型を眺める木暮から顔を背けると、宮城の肩口に手をおき、そこに額を置くように笑い続けるの姿が目に入った。その2人の近さに、嫉妬心が頭を擡げ、反射的に唇を尖らせる。
 ひと通り笑って満足したのか、目尻の涙を拭う真似をしたは、ニヤついた顔を隠しもせずにオレを振り仰ぐ。
「木暮先輩でもわかんないなんて……」
 息が上がっているのか、妙に上ずった声で言うにどうしようもなくムカついた。苛立ち紛れに手の甲で額を軽く小突いてやったが、笑いながら甘受するの笑顔が昨日と比べてかなり綻んでいるのが嬉しくて、思わずオレもまた口元を緩ませてしまう。
 その一連の動作を見た宮城の酷く驚いた顔が視界の端に入り込んだおかげで、の頭を撫でようと伸ばしかけた手を引っ込めたが、今のはかなり危うかった。
 引っ込めた手をポケットに突っ込んで、緩んだ口元を引き締めるのと合わせて眉根を寄せたが、朱の残る頬は隠しきれなかった。
「そういや、はわかったのか?」
 唐突な木暮の問に、若干背筋を伸ばしたは面食らったように目を瞬かせる。
「えぇ、まぁ、はい」
「そっか、流石だなぁ」」
 感心したように笑う木暮に、先程、がオレの背後から来たくせに、躊躇なくオレの名前を呼んだことを思い出す。
 洞察力が優れているわけでもないのに、はオレのこと見つけるの昔から上手かった。中学の頃を思い返してみても、の唐突さは微塵も変わらない。どっからかいきなり現れて、躊躇なく抱きついてくるにビビらされたことは少なくなかった。
 ただ先程の宮城と木暮、昨日の親の反応も含めて考えると、がすぐにオレに気付いたっていうのは、たとえ執念や執着だろうとも、喜ばしいもののような気がしてくる。なんで解るんだ、だなんて理由を聞いてもコイツは「え、愛?」とか適当な事をいうのが想像に容易い。
 まぁ、そういうものなのかもしれないな。
 オレだってのことは、髪型が変わるくらいならその辺を歩いていたって、すぐに見つけ出す、と自信はある。
「どうしたの?センパイ」
 ニヤリと口元に浮かんだ笑みを目ざとく見つけたが声を掛けてくる。それに対して「なんでもねーよ」とだけ答えたが、今度はは怒り出すようなことはなく、目元を和らげてオレを見上げるだけだった。
 やけに嬉しそうな顔をして振り返るを、見つけるなんてことにはもうしない。これから先は、もう二度と、目を逸らさないと誓った。



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