宮城01:とあるふたりの01

とあるふたりの恋愛事情



 喧嘩と事故による怪我も癒え、バスケ部に復帰した直後。前々から遺恨のあった不良たちによる襲撃事件を乗り越えたオレたちは、気持ちも新たに再びインターハイへ向けての練習に打ち込む日々を過ごした。
 赤木のダンナや木暮さんはもちろん、入部したばかりの花道もこの夏は必ず全国へ行くのだと息巻いている。その姿に背中を押されたのはオレだけではない。アヤちゃんやヤスたち二年生。そして流川を除く一年坊らもまた、花道の身の程知らずな言葉を聞いては励まされたような顔をした。
 その中にはバスケ部を潰すと豪語していた三井さんまでいるんだから、人生何があるかわからない。

 もうすぐ始まるインターハイ予選を前に、否が応でも気持ちは高まっていく。
 目指すは全国制覇。その気持ちは変わらない。当然、部活三昧なのも納得している。だけど、練習に明け暮れる中で疲れた瞬間、たまには息抜きができるといいよな、なんて気持ちが湧くことも当然ある。
 そんなタイミングでヤスが持ってきた「そう言えば今度、お祭りがあるらしいよ」なんて話題は、まさに渡りに船ってヤツだった。

「祭り?!」
「そうそう。今度の週末、公園でやるんだって」
「公園って、商店街の近くの?」
「うん。そう」

 いつもどおりの厳しい練習を終えたあと、部室で着替えているところに差し出された話題に目を輝かせる。楽しそうなイベントを前にすると、練習直後の疲労感が嘘みたいに吹っ飛んだ。ロッカーから取り出したばかりのタオルで汗を拭いながら「近所のスーパーの入口に貼ってあったよ」と続けるヤスに「へぇ!」と相槌を打つ。
 
「土曜日は練習試合だから、帰りに寄れるかなって思って。リョータも時間があるなら行ってみない?」
「へー! いいじゃん、行く行く! 絶対行く!」

 思わぬ誘いに自然と声が弾む。練習試合に臨む意気込みは大いにあるが、その後に楽しみがあると一層気合いが入るってもんだ。
 夏はまだ先だけど祭りというのならきっと出店もあるはずだ。焼きそばやお好み焼き、たこ焼き。普段、食卓で食べ慣れたものも、外で食べると格別にうまいんだよな。
 ソース系だけじゃない。わたあめやりんご飴、焼きとうもろこしに焼き鳥。様々な候補を口にしては「当日は屋台で何を食べるか」をテーマに話を広げると、顔を拭っていたタオルを鞄に仕舞い込んだヤスは制服のシャツを羽織りながらこちらを振り返る。

「ガッツリ系もいいけど、オレ、結構ベビーカステラも好きなんだよね」
「あぁ、クマの形のやつな。アレも結構、美味いよなぁ。頭から行くか足から行くか迷うけど」
「たしかに。……オレはどっちかっていうと足からかなぁ。リョータ、どっちから行く?」
「ひと思いにの気持ちをこめてひとくち」
「えぇ……迷ってそれ?」
「迷ったからこそだろ」

 軽口混じりの会話で盛り上がる度、どんどん気持ちは楽しい方へと傾いていく。練習試合の後なら他の部員も誘ってみるのもいいよな。あとで花道でも誘ってやろうかな。
 今はまだダンナや木暮さんたちと居残り特訓をしているであろう花道の姿を想像すると、自然と笑みが浮かんだ。だが、その練習に付き添うアヤちゃんを思い出すと同時に、誘うべきは花道なんかじゃないと翻意する。
 ヤスと行くのは決定として、そこにアヤちゃんがいれば最高だ。
 だが、祭りに行くにはどう足掻いても「誘う」という難関が待ち受けている。直接誘うのは気が引けるし、その段階をクリアしたとしても断られてしまえば泣いてしまう。下手したら練習試合どころじゃない、なんて心境に陥る予感さえあった。
 どうにかしてアヤちゃんに来てもらえないものか。オレとアヤちゃん、そしてヤスと……と、考えた瞬間、ひとりの救世主の顔が頭に浮かんだ。
 
「あ、そうだヤス! お前、ちゃん誘えよ!」
「え? ?」
「ヤスがちゃん誘うならオレはアヤちゃん誘うし、そしたらWデート! どう?!」
「どうって……」

 テンションが上がるままに、両手にピースサインを作って問いかける。困惑の表情を浮かべたヤスとは裏腹に、オレの頭の中に浮かんだちゃんは「絶対行く!」と笑顔を弾けさせた。今のオレのポーズに応えるように額にくっつけたピース付きで主張する想像上のちゃんに背中を押されたオレは、戸惑いを見せるヤスに詰め寄り更に言葉を続ける。

「ヤスだってちゃんが一緒なら嬉しいだろ?」
「いや、オレは別に……」

 困った顔をしたヤスはオレとの間に立てた手のひらを挟むと、その細い目をしきりに部室の中に巡らせる。慌てふためく様子になにを焦っているんだろうか、と疑問に思ったのも束の間。とある考えが閃いた途端、にんまりと口元が緩んでいた。

「あ。……もしかして、ふたりきりで行きたい?」
「えぇ? いや、そうじゃなくて。は――」

 手の甲で口元を隠しながらわざとらしく声をひそめて耳打ちした瞬間だった。困惑に塗れたヤスの言葉を遮るように、ダンッとなにかを叩くような音が部室内に響く。驚いて目を丸くしたまま振り返れば、部室にいた全員の視線が三井さんへと注がれていた。
 ぎゅっと眉根を寄せた三井さんはロッカーの戸を押さえたまま立ち尽くしている。その佇まいから、どうやらロッカーを叩くなり思いっきり閉めるなりしたらしいと見当をつけた。
 突然の音にシンとなった部室の中。ただひとり、異質な空気を放った三井さんは、険しい顔つきのまま鞄を肩にかけると表情以上にキツい一瞥をこちらに差し向け、そのまま部室から出て行った。

「おー、怖ァ……」

 怒りの滲む背中を見送ると、おどけるような言葉が口を衝いて出た。何に怒ったかはわからないけれど、こっちを睨んだってコトはオレとヤスがはしゃいでいたのが気に障ったのだろう。たしかにちょっとは騒がしくしてしまったけれど、フツーあんなに怒るかね。
 軽く首を捻りながら今はもう閉ざされた扉を見つめたまま、軽く唇を尖らせ三井さんの為人について考える。
 あの人はたしかに先日起こったバスケ部襲撃事件の主犯ではあるが、部に復帰してからはあんな風に不機嫌然とした態度は見せなかった。むしろ練習に関しては誰よりも真面目に参加し、遠巻きに眺める後輩たちに悪態ひとつつくわけでもなく、黙々とこなしている姿しか見ていない。
 花道はまだ「オレは許してねーし」なんて態度を見せてはいるが、オレやヤスを含めた他のやつらのわだかまりは、徐々に薄れている実感があった。
 だけど、今の態度はどうだ。最近では鳴りを潜めていた獰猛さが一気に現れたじゃないか。
 おとなしい桑田たち一年坊は「やっぱり怖い……」と縮み上がっているようで、脱いだシャツを胸元で握りしめたまま硬直している始末だ。機嫌の良い三井さんは気持ち悪いが、不機嫌さを隠さない三井さんもバスケ部に悪い影響を与える可能性がある。
 あまり続くようなら赤木のダンナ……いや、木暮さんに相談してみたほうがいいかもしれない。今の一件だけで告げ口するつもりはないが、念のため覚えておくかと心に留める。
 まぁ、でもあの人も曲がりなりにも不良のリーダー格だったんだ。機嫌が悪けりゃ物に当たったりもするだろう。とりあえず、今日のところは気にしないことにするかと気持ちを切り替えるままに三井さんの出て行った扉から再びヤスに目を向けると、気まずそうな表情で頭を掻いていた。
 
「あー、もう……。リョータの無神経っ」
「ハァッ?!」

 身に覚えのない罵倒を受けて思わず非難めいた声が出た。だが、そんなオレの反応なんて意に介さないヤスはいつになく眉根を寄せたままだ。
 
「え、なんだよいきなり。……怒った?」
「怒ってないよ。でもを誘うんだったら先に彩子を誘ってからにしなよ」
「えっ! そんな、オレがアヤちゃんを誘うなんて、そんなまさか!」

 想像するだけでも血が沸騰するんじゃ無いかってほど照れてしまう。慌てふためき両手をぶんぶんと動かすオレを目にしたヤスは肩で大きく息を吐くと「じゃあも誘わない」と続けた。

「えぇっ! じゃあ夢のダブルデートは?!」
「だから、そういうデートって意味なら誘わないってば。は友だちなんだから」
「ええーッ!」

 キッパリと宣言したヤスに抗議の声を上げたが、取り合わないといわんばかりにオレから顔を背けられてしまう。羽織ったままになっていたシャツのボタンを留めることに専心するヤスに「怒ってない」と言われた以上、なだめることすら出来ない。
 ヤスの気持ちが変わらないのであれば、夢のダブルデートは夢のまた夢ってやつんだろう。
 ――ちぇ。ちゃんが来てくれたらアヤちゃんも来てくれると思ったのに。
 ヤスのケチ。唇を尖らせて睨んでみたが、そんなことでヤスの気が変わるはずもなく、結局、例の祭りには湘北バスケ部二年生男子一同で行くことが決定した。ホント、しょっぱい青春だぜ。




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