桜木 花道01:愛情が足りません

愛情が足りません


 入学したばかりの湘北高校。まだ慣れてはいない通学路の途中、前方に見えたのは赤い髪の長身の男。その後ろ姿を確認した瞬間、足が自然と走り出していた。
「花道ぃぃいいいっ!!!」
「うぉ、急に何やってんだよ、っ」
 大声とともに、花道の背中に突撃する。それだけでは足りず、花道のお腹の前で自分の腕を交差させた。抱きつくというよりも、しがみつくと言った方が正しいような格好だ。奇襲とも言える突撃に変な声を出した花道が、それでも私を振り払ったりはしないことを、経験から知っていた。だからこそ、簡単にこのような好意を曝け出すことができる。
 ただそれは、戯れに抱きつくことを日常的に行っているわけではなく、抱きつこうがおんぶをせがもうが、花道に女子として意識されない間柄であることの証明でもあった。だから、花道は照れるでも怒るでもなく、ただ単純に私を受け入れる。
「ちょっと花道が足りないような気がして」
 充電させてもらいますね、だなんておどけて言ってみせる。大きな背中に額を擦りつけるようにぐりぐりと頭を動かすと、くすぐったかったのか花道は体のとおり大きな声でもって笑いだした。
「うわはははは! おい、っ! それはヤメロ!!」
 笑い混じりの声で抵抗する花道は、私の腕を掴んで動きを止めようとする。素直に従うべきか否か逡巡し、もうちょっとだけ、と更におでこを押し付けると、一際大きな笑い声がその場に響いた。
「おーい、何やってんだぁ」
 少し離れた場所から、洋平の声が聞こえる。花道を抱き抱えたまま、背後を振り返るとゆったりとした歩みでこちらへと歩み寄ってくる洋平の姿が目に入った。その後ろからは忠や大楠、高宮も連れ立って歩いていて、4人とも同じようにニヤニヤと笑っていた。
「なんかがオレでジューデンしてるらしいぞ」
 頭上から聞こえてきた声に、花道を見上げる。私の言葉や行為の意味がよくわからないという顔をした花道に、自然と頬を膨らませてしまう。不服であることを隠しもせず、洋平らに視線を転じると、洋平は口元を軽く握った拳で隠しながら微かに笑っていた。
「そら、は花道が元気の源だからなぁ」
「定期的に花道にくっついてねぇと萎れて見てらんねぇって」
「あと、高宮の腹とかな」
「うるせぇって」
 洋平の言葉に乗っかって、大楠の笑い混じりの声、忠、高宮の声が続く。彼らの説明に、花道は納得したように頷き、上機嫌で笑い始めた。
「そーかそーか! この天才ともなれば、人々の元気の役にも立つということか! それならワカル」
 機嫌よく高らかに笑う花道は、他のどの女の子に対しても免疫がないくせに、どうしてだか私だけは簡単に受け入れる。照れてくれたり意識してくれたりしないことに対し、恨みがましい感情を抱いてしまいそうではあるが、もしも、意識されてしまって、抱きついても振り払われるようになったらそれはそれですごくさみしい。
 だから今は、まだこのくらいでいいのかもしれない。女子としてではなくても、誰よりも近くで、一番、特別に大事にされているのは、いまのところは私だけなのだから。
 だから我慢してあげるよーだ、だなんて傲慢なことを頭に浮かべる。調子に乗った私は、花道の背中をよじ登り、肩に手をかけ、首に腕を回して抱きついた。



error: Content is protected !!