進撃:デート03

1日限りのデート 03


「ライナー! お前ならこのイベントに乗っかってくれるだろ?!」
 コニーの助けを求めるような切迫した声が耳に入る。その声にいち早く反応したのはだった。足の裏同士を突き合わせて指先を伸び縮みさせていた動作を止め、顔を上げたにつられて、俺もまたベルトルトと交わしていた会話を中断してそちらを振り返った。ジャンに胸ぐらを掴まれ、壁に手をついたエレンに寮室の隅に追い詰められたコニーは俺らのいるベッド上段を鬼気迫る様子で見上げていた。
 元々背が低いコニーが人相の悪いふたりに凄まれているさまは、より一層コニーを小さく見せた。もし街中で見かけたならば犯罪に巻き込まれた者のように見えたことだろう。
 ある程度、深入りしないようにとは気をつけているが、名指しの呼びかけを無視できるほど、彼らに対して距離を置いていない。普段からコニーに限らず、エレンやマルコ、果てはジャンに至るまで、何かを尋ねられれば、率直な自分の意見を差し出してきた。
 立体機動装置の扱いや、単純に休日の過ごし方まで、話の内容は多岐にわたった。頼られて悪い気はしない。だが、内容がわからないものに対しすぐさま同意することは出来なかった。
「そりゃ……楽しいことをするのに反対はしないが……何も知らずに乗るということは難しいな」
「だから、さっきから何回も言ってるだろ。デートだよ、デート!」
 声を張り上げ、訴えかけてくるコニーに、思わず顔を顰めた。
――なんだ、色恋沙汰の自慢か。
 イベントの誘いだと言うからには、今回もてっきり遊びか自主訓練の類かと思ったのだが。追求した俺が馬鹿だったと小さく溜息を吐き出す。俺よりも顕著な反応を見せたのはだった。コニーの言葉を耳にした瞬間、手近にあった枕をかき抱き、身体を横にする。
――寝る気なのだろうか、コイツは。
 他人との会話中に、寝るという選択肢を取るとは説教ものだ。たしなめる意味を込めて腰のあたりを叩いてみたが、が起き上がることはなかった。
「デート? そりゃめでたいな。あ、そういやフランツは彼女ができたそうじゃないか。良かったな」
「あぁ、ありがとう。ライナー」
 トーマスらと談笑していたフランツに声をかける。照れくさそうに笑ったフランツは、隣に座りいたずらっぽく笑ったサムエルからの肘打ちを甘んじて受けとめていた。
「で、コニーは誰とデートするんだ?」
 話を膨らませてやるのも同室としての義務だろう。興味は無くはないが、他人の惚気話なんて積極的に聞きたいというものでもない。それでも、ある程度、好きに話をさせたらその内コニーも満足するはずだ。
 そう思っての問いかけだった。コニーも俺に呼びかけたからには、その問いかけにすぐに乗ると思っていた。だが、予想に反し、コニーは俺の問いに対し、ムッと顔を顰める。
「ちっげぇよ! まだ俺に決まったわけじゃねぇ!」
 叫ぶコニーに、今度は俺が顔を顰める番だった。チラリと一瞥をベルトルトに流すと、ベルトルトもまた怪訝そうな表情を浮かべていた。
「じゃあ、誰がするんだ?」
「それを今から決めるんだよ」
「今からって……一体、どういうことだ、コニー。きちんと順を追って説明しろ」
 理解の許容を超えたコニーの言葉に、思わず頭を抱えた。俺が認識しているデートというものは好きあっている男女、もしくはそれが一方的なものだとしても、恋仲に限りなく近い者同士がするものだ。知らん相手同士が出かけることには、少なからず当てはまらない。
「デートするんだよ、女子と。この中の誰かが!」
 補足するつもりだったんだろう。コニーが更に言葉を繋げた。だが、その言葉を受けてもなお、理解するというには至らない。それどころかますます混乱に陥れられるような心地がした、
「だから、意味が分かんねぇって言ってんだろ!」
「そうだ! コニー! なんでオレがそんなもんに行かねぇといけねぇんだよ!」
 ジャンとエレンがそれぞれコニーに向かって不平をぶちまける。こいつらは普段、喧嘩をしがちなくせに意外と同じようなポイントで怒ることが多い。喧嘩するほど仲がいいとは、よく言ったものだ。
「待った、コニー。俺が説明するから……ジャンも、あんまりコニーを責めてやるなよ」
 見かねたのか、トーマスが元々いた輪から外れ、コニーの救済に立ち上がる。コニーの胸ぐらを掴むジャンの肩に手を添え、なだめるトーマスは、ジャンと同郷だと聞いたことがある。情報源のの明るい顔が、脳裏に浮かびあがる。ただそれだけで、混乱していた頭の中が、次第にクリアになっていく。
――そうだ、一度コニーの話は忘れよう。そして改めてトーマスの言葉を聞けばいい。
 気持ちを立て直し、改めてトーマスらに向き直る。大勢の中で、話の中心に立つことに馴染みのない様子を見せるトーマスは、首の裏に手を添えたまま、視線を誰かに合わせるわけでもなく語り始めた。
「これは、あくまで提案、というよりも……ほとんど強制的なものになってしまうんだが――」


* * *



 トーマスの言葉で、ようやく、コニーが俺たちに向けて断片的に告げていた全容が伝わった。今日の夜の警ら当番の中で、話が盛り上がるままに、とある約束を女子と交わしてきた3人に目を向ける。トーマスとフランツはそれぞれ形容しがたい表情をとっているが、同じ立場にいるはずのコニーは胸を反らし、誇らしげに笑っている。約束を取り付けてきてやったと言いたげな表情は、誇りにまみれている。態度の違いに思わず苦笑してしまった。
 コニーが語った「今度の休日に、誰かが誰かとデートをする」というもの。それは話の極一部ではあるが、根幹でもあった。
「つまり、 男女の訓練兵同士、くじを引いて当たりが出た者同士でデートをする、ってことだよね?」
 アルミンの言葉に、トーマスが頷く。自分の言葉が正しく伝わったことに、安堵の表情を浮かべるトーマスは、これでようやく肩の荷が下りたとばかりに大きく息を吐き、その場に座り込んだ。
「そんなことをして何になんだよ。知らねぇやつと一緒にどこかに行ったってたいして面白くねぇだろ」
 辟易とした様子で吐き捨てたジャンは、床に足を投げ出して首の裏で腕を組む。不遜な態度ではあるものの、その言葉は的を射たものだった。特にジャンは、普段から愛想がいいタイプではないからこそ、女子とデートできる可能性に喜ぶよりも先に、面倒だという気持ちが沸き起こるのだろう。ジャンの言い草に顔を顰めた、コニーが眉を吊り上げて反論する。
「知らねぇやつじゃねぇよ! 同期だろ!」
「あのな、コニー。随分人数は減ったが、それでも同期は数百人といるんだぜ? その中でいくら人数を絞ったっつってもな、ふたりで一緒に遊びに行っても苦にしない相手ってのはそれこそ片手で足りるくらいしかいねぇ」
 先程の説明通りならば、フランツの彼女であるハンナと同室のやつ、つまりおよそ20人ほどまで候補は絞られている。だからと言って、その候補の中に関係が希薄な者がいる可能性は捨てきれない。概要を把握した上で、だからこそ「乗れない」と拒むジャンの隣で、マルコが複雑そうな顔を浮かべていた。
「ジャンの言うとおり、実現したところで気が乗るかと言われると疑問は残るな」
 ジャンに同調したとまでは言わないが、率直なひとつの意見として伝えると、コニーはすぐさま俺へと噛み付いた。
「なんだよ、ライナーだって彼女欲しいっつってたじゃねぇかよ!」
「俺が答えたのは将来的に結婚したいかしたくないかの二択に対して、したいと言っただけだ」
「彼女作んねぇで結婚なんてできるわけねぇだろ」
 鋭い指摘に、続けるべき言葉を失ってしまう。好きな相手とのデートならば歓迎する、だなんて言えばいいんだろうか。だが、その言葉は結婚という夢物語を、無理やりに現実に引き寄せるもののように思えて、口に出すことが憚られた。この壁の中で彼女を作るという選択肢は俺の中には無いに等しい。
 故郷に帰ることが出来ればまた違うのかもしれないが、果たしてその日が来るのか。ここに来てすでに4年が経過している。残された任期は、もう9年も無い。そのことを考えるだけで、足の先から頭のてっぺんまで冷たいものが体中に走る。不安、もしくは後悔か。胸を食いつぶされそうな心境を、押し黙ることで堪える。
 巨人の力を引き継いで13年で死ぬ。それは初めから分かっていた。知った上で、俺は”戦士”になることを選んだ。迫る任期に負けて誰かの愛情に縋ることなんて許されるはずがない。
 結婚なんて、誰かを愛することだなんて、無責任にしてはいけないことだ。
――……愛情、か。
 この壁の中に来て、それに近い感情を覚えたことがないわけではない。親愛だとか、友情だとか。兵士を演じているうちに、思いの外、仲を深めてしまったやつがいる。
 一瞬、ちらついた人懐っこい笑顔に蓋をする。俺の中でそいつの印象が強いせいか、意識から外そうとしたところで、彼女はその蓋をこじ開けてでも出てこようとする。
 触れられたことのある手のひらに、思わぬ熱が生まれるのを感知する。持て余した感情を見ない振りをして、指先同士を擦り合わせながら、手元から視線を外す。
「いいじゃねぇかよ! とりあえずやろうぜ!」
 煮えきれない俺らの態度を咎めるようにコニーが叫ぶ。隣に座るベルトルトと視線を合わせたが、ベルトルトはいつもの通り困ったような表情を浮かべるだけだった。
「ハンナの同室には、アレだ……クリスタもいるぞ!」
「なにっ! クリスタだとっ?!」
 コニーの言葉に思わず声を大きくしてしまう。反射的に振り返れば、俺だけではなく、各所で似たような反応を示す者が見受けられた。
 無理もない。クリスタは同期の女子の中でも格別で、かわいくて、優しくて、天使で、女神だった。間違いなく一番人気だと誰もが口を揃えた。
 もし、今回のデートで俺とクリスタが選ばれたら。そんな妄想が、今、随所で繰り広げられていることだろう。俺もまた、そのひとりだった。
 これを機に仲が一気に進展するようなことがあれば――。
 さっきとは真逆なことを考えてしまう。憧れはいつも甘い誘惑に溢れている。目に見えてテンションが上がった俺に対して、コニーは満足気に笑い、ベルトルトは呆れたように目を細めた。
「おー。あとはミカサだろ、アニだろ……あとは……」
 指を一つ一つ折りながら相手候補を口にするコニーに、みるみると男たちのテンションが下がっていくのがわかった。
 ただひとり、ジャンだけは天啓を授かったかのごとく目をキラキラと輝かせていたが、こいつの場合は例外だ。
 楽しいデートになるかどうかと考えたとき、その2人では甘い想像に辿りつけるとは到底思えなかった。訓練で組むならばともかく、共に街へ繰り出したところで、実りがあるとは思えない。むしろ早々に別行動を申し出られることになるだろう。
 もっとも、エレンであればミカサの態度はコロッと変わるんだろうが、それは俺たちにはなんの関係もないことだ。
「ミカサやアニだとデートにならなさそうだよな……」
「あぁ。ふたりとも美人だけど会話がな……」
 ダズとミリウスが青い顔をして 囁きあう声が耳に入る。ふたりだけではなく、各所から消極的な意見が漏れ聞こえ始めた。
「あとユミルもだな!」
 あっさりとしたコニーの言葉に反して、空気が一段と重くなる。誰彼ともなく諦めの溜息を吐き出した。クリスタを狙う男達にとって、ユミルは天敵以外の何物でもないのだ。
「それ、もう……絶対デートにならねぇだろ……」
 フロックの言葉がトドメだった。開拓地の避難所を思い起こさせるような悲壮感がその場を支配する。辛辣な言葉ばかりを投げつけるユミルには、相当な男子が痛い目に遭わされている。クリスタ狙いだろうがなかろうが、それだけは平等に降りかかる災難だった。
 枕に埋めていた顔を上げたはおおきく伸びをして、伏臥していた体を捻り、その場に腹這いのまま頬杖をついた。
「えー。別にいいじゃん、ユミル。なんでもやりたいこととか欲しいもんとか言ってくれるから楽だよー?」
「誰もがお前みたいに言うこと聞くやつじゃないんだって」
 辟易したように続けたフロックに、同室のもののほとんどが首を縦に振る。唇を尖らせ、頬杖をついていた手を放し、またしてもその場に横になったは、半回転して仰臥したまま腕を伸ばした。
「別に言うこと聞くの聞かないのが論点じゃなくて、楽って話じゃん」
「お前は昔から面倒くさいことを嫌がるやつだからな」
 膨れっ面をしたが、ユミルに限らず他の女子の頼みごとを聞いている場面を見かけることは少なくない。それは親切というよりも、「言われたからやる」という自主性を欠いた行動がほとんどだった。まだ”故郷”にいた時のの様子を思い返す、あの頃からさほど変わらない主義主張を掲げるに自然と目元が緩んだ。
 だが、今回はあくまでデートであって、一方的に買い物に付き合うというものではない。ほかの男子にとっては、同じ買い物に行くのだとしても、肩を並べて互いの欲しいものを探したり見せ合ったりしたい、というのが本音なんだろう。
「なぁ……ベルトルトもそう思うだろ?」
「え?」
「アニやユミルではデートにならない、という話だ。聞いてなかったのか?」
「ああ……。えっと、いや、僕は、別に」
 言葉を濁すベルトルトに首を傾げる。膝を抱えるように座るベルトルトがますます体を小さくさせるが、大きな身体は隠しようがない。
「そうだな。お前、割とユミルだろうがアニだろうがどの女子とも仲良くしてるもんな。この前の休みもクリスタたちと街に出かけてただろ」
「……ただの荷物持ちだって」
 エレンの言葉に謙遜する様子を見せるベルトルトだったが、男子の鋭い視線が突き刺さればまた萎縮したように身体を小さくさせた。ユミルの荷物持ちをするの話を見逃せても、今の話に食いつかずにはいられなかった。
 俺もまた他の奴らと同様に、なぜ俺を誘わないという恨みがましい視線を投げかける。仲がいいというよりも当たり障りがないだけだ、と否定するベルトルトは、困ったように眉を下げる。
「……君まで犠牲になる必要は無いよ」
 居心地悪そうに目を細めたベルトルトは、顔を半分、膝を抱えた腕の中に埋めながら俺へと視線を差し向ける。
「どうしてだ。クリスタと出掛けることに苦痛なんて無いだろう」
「そうか……じゃあ、次に、誘われるようなことがあればライナーを誘うように言ってみるよ……聞き入れてもらえるかは、わからないけど」
 重い溜息を吐きこぼしつつも応じたベルトに、大きく頷いて返した。俺の動作を一瞥したベルトルトは、眉を下げ、その視線をコニーらの方へと戻した。ベルトルトにならい、俺もまた彼らの会話に意識を向ける。
「あとはミーナと……サシャと……あれ、ハンナ……はナシだっけか?」
「それはナシだろ。ハンナはフランツの彼女なんだから」
 順を追って思い返しているらしいコニーは片方だけでは足りなくなったらしく、左手でもまた同じように指を折りながら数えている。冗談なのか本気なのかわからないコニーの言葉を、困ったような顔をしたマルコがたしなめる。時折、冷やかすような言葉を投げかけるフロックや、真面目な顔でとんでもないことを言い出すアルミンの言葉に、部屋の中にいる者たちは肩を揺らして笑った。
「あ、言い忘れてた。あとはアイツだ。で最後だな」
「ハァッ?!」
 両手の指をそれぞれ折りきり、そして順に伸ばしたコニーは最後に親指を弾きながらの名前を挙げる。その名前が出た瞬間、ジャンが声を裏返らせて立ち上がった。
 目に見えて動揺を示したジャンは周囲を警戒するかのように、室内を見渡す。それは自分の行動が変な目で見られていないか確認するためだけではないように思えた。
 一通り寮室内を眺めたジャンは、鼻を鳴らして壁に寄りかかる。不機嫌な横顔には、ジャンの苛立ちが幾重にも刻まれていた。その傍らのベッド下段に腰掛けたままのマルコは、ジャンを見上げ、苦い笑みを表情に浮かべる。おそらく、あまり関わりのない俺よりも、マルコの方がジャンの心境を理解しているのだろう。それも限りなく正解に近いものを、だ。
 傍目からジャンを眺めながら、のことを考える。もしとデートをするのなら。そう考えるだけで、先程のクリスタとの妄想よりも近い想像が描けるようだった。
 見るからに高嶺の花のクリスタとは違い、は親しみやすさがある分、気負わず話しかけやすかった。そう感じている男子は少なくない。ユミルのような邪魔が入らない、というのもおおきな利点だ。隙がある分、意外と落とせるんじゃないかという夢を男子に与えがちだった。
 話しかければ無条件で差し出される笑顔だとか、無邪気に触れてくる指先だとか。そういう性格をしているのだと把握していても、なお、惑わされる。
となら、けっこう楽しく遊べそうだよな」
 ジャンの行動により不穏になりつつある空気をフォローするように言ったのはトーマスだった。同郷としての仲間意識がそうさせたのだろう。だが、その発言はジャンにとっては不愉快なものだったらしく、ジャンはますますその表情を歪めた。
「ハッ。が選ばれたところで、どうせしょうもねぇ買い物にしか付き合わされねぇぞ」
 一番オレがわかっているのだと言外に含ませ吐き捨てたジャンに、トーマスは力なく「あぁ……それもそうかもな」と言葉をこぼすだけだった。その様子を眺めていると、興ざめするような心境が腹の底からせり上がってくるのを感じた。
 ジャンはに対してどういう感情を抱いているのかは知らない。オレの女だと言わないどころか、本人はミカサに気があるような様子を見せ、おそらく実態もそうなのだろう。それでものことも手放す気のないような発言を、ジャンはばらまく傾向がある。
 意識しているのか、無意識なのかはわからない。もしかしたら、牽制しているつもりはなく、あくまで自分がに感じていることを、何も考えずに発信しているだけなのかもしれない。
――逆に火がつくやつもいるだろうに。
 気付けば、また手のひらを握りこんでいた。折に触れて蘇る熱は、時に胸の奥さえも熱くさせる。
 指先を擦り合わせながら感情を抑えていると、隣に座るベルトルトが、いつの間にか顔を起こしていたことに気がついた。
 こいつは今の状況をどう思っているんだろうか。俺と同じく兵士として潜入した立場のベルトルトに、好きな女がいるのか、だなんて話を振ったことはない。
 ただ、聞いたところでベルトルトの性格を思えば、たとえ想い人がいたとして正直に答えてくれるとは思えん。精々、慌てふためいて焦るだけのはずだ。
――……そういえば、コイツも、と随分と仲が良さそうにしているんだよな。
 漠然と頭に思い浮かんだシーン。それはふたりが仲睦まじく腕を組んで歩く姿だった。ベルトルトがリラックスしている様子を見せるのは、寝ているときか、と一緒にいるときか。パッと思いつくのはそれくらいのものだった。むしろ寝ている時さえも苦悶の表情と合わせてとんでもない寝相を披露しているあたり、本当の意味でベルトルトが心から緩んでいるのは、と共にいる時だけなのかもしれない。
 の人懐っこさが警戒心を抱かせない要因というのもあるのだろう。ベルトルトに限らず、男女の別なく、はいろんなやつと仲良くしている。気難しそうなミカサやユミル、果てはアニとさえ談笑する姿をよく見かけるのだから、それは俺の思い違いではないだろう。
「どうしたの? ライナー」
 不意に、怪訝そうな声が飛んでくる。俺の視線に気付いたらしいベルトルトは、丸い目を俺へと差し向ける。一瞬、躊躇はしたものの、気を立て直し、考えていたことの一部分を口にした。
「いや、お前はとも仲良くやっているようだと思ってな……」
 両腕を胸の前で組みながら言葉を差し出すと、今度はベルトルトが怯んだように唇を震わせた。ほんの一瞬、ベルトルトは俺の目をとらえたが、瞬きをする間にその視線は外される。眉根を寄せ、逡巡するように視線を他所に向けたベルトルトは、抱えていた膝を更に引き寄せるように腕に力を入れた。
「そうだね……は、うん……友達、だから」
 先程とは打って変わって、肯定の言葉を告げるベルトルトに、微かに目を見開く。仲がいい相手が居る、と、はっきりと告げるベルトルトが意外だった。
 目に見えて孤立しようとするアニよりかはいくらかマシだが、ベルトルトもまた積極的にほかのやつらと関わろうとはしていない。もし、エレンやアルミンと仲がいいのかと、ベルトルトに問いかけたところで濁すだろうことは簡単に予想がつく。
 だからこそ、のことを投げかけたところで、いつものように曖昧に、「いや」だとか「別に」だとか否定的な言葉を紡がれるのだと思っていたのだ。
 そこまで考えて、唇を結ぶ。わかりきった疑問を、投げかかけることの、その意味が、次第に胸中に浮かび上がってくる。
――否定されるのを待っていたのか、俺は。
 至極、当然のように考えていたことを自分の手で暴き出してしまう。その考えはあまりにも自分本位で、歪なもののように思えた。
 右手のひらを額に押し付ける。それで頭の中の考えをかき消すことなんて出来ないが、呻く代わりに指の腹で何度もこめかみを抑えた。
「……ライナー」
 傲慢な考えを恥じるように俯いた俺を呼び止めるような声音に、伏せていた顔を起こす。
「大丈夫だよ、は……僕だけじゃなくて、ほかのやつらとも仲良くしているから」
 目立つことはない、と、小さく続けたベルトルトには、俺が俯いたことを自分への否定だと捉えたらしい。そういうわけではない、と伝えることが正解だったのだろう。だが、ではどうして、と問われると答えづらいため、何も言えなくなる。
 ベルトルトは、戦士として応えた。俺はどうだ?こんなぬるま湯のような状況に浸りきって、同胞であるベルトルトにでさえ妬むような感情を向けた。
 心から楽しそうな笑みを浮かべるを思い出す。傾けすぎた心を立て直すように、深く目を閉じ、今度こそ、とその笑顔に蓋をした。
 額から手を離し、自嘲の笑みを浮かべる。ひとつ長い息を吐き出して、心中にあるもやもやとした感情を追い払う。
 誰とでも仲よくやっていけるのは、の長所だ。まして戦士として潜入している以上、それを利用しないでどうする。使命を隠すために”いい仲間”を演じているのだと、改めて自分に言い聞かせた。
「で、お前はどうすんだ。ライナー」
 はしごを中途半端に登ってきたコニーに声をかけられる。いつの間にか選別は始まっていたらしい。見渡せば、室内には安堵するような、残念がるような表情を浮かべる輪が広がっていた。
 差し出されたジョッキの中には10数本の小枝が収まっている。その中に、女子とデートをする権利とやらが、埋もれている。
 抗う手立てはない。ここまで来て拒絶をするという選択肢は、兵士の俺には始めから用意されていないのだから。
「そうだな……男として、こういうノリには合わせないとだな」
「おう、その心意気のまま当てちまえっ!」
 親指を立てて笑うコニーに俺もまた似たような笑みを返す。差し出されたジョッキに手を伸ばし、その中の1本を引き抜いた。



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