林05:たんたんと続いてく01

たんたんと続いてく 01


 帰りのSHRを終えた後、ペラペラの鞄を引っ掴んだオレはいつものようにのクラスに足を運ぶ。月水金は部活だからよそで時間を潰す必要があるが、今日は木曜なので直で合流できる日だ。そのまま帰るかどっか寄り道するかはその日の気分次第だが、どちらにせよパーちんと三人で帰るのは決まっている。
 久々にカラオケ行くのもいいよな。平日ならそんな混んでないだろうし。最近は寒ぃからってオレんちにふたりとも入り浸ってばっかりだしたまにはどこか遊びに行きてぇよな。
 そんなことを考えながら隣のクラスに顔を出せば、どうやらまだ担任が何やらしゃべっているようだった。
 先にパーちんのクラスにでも行くか? でもあっちのクラス遅っせぇんだよなぁ。
 内心でぼやくと共に唇を尖らせる。それでも万が一早く終わるってこともあるかもしれないし、と考え直し上靴の底を鳴らしながらパーちんのクラスまで足を進めた。教室の後ろの窓から中を覗きこんだものの、やはりのクラス同様に担任がまだ話しているようだった。なにやらプリントを読み上げているあたりこっちの方が終わるの遅そうだと判断し、のクラスへ戻るべく踵を返す。
 前の窓から中の様子をうかがってもなおまだまだ終わる見込みのない様子に再び唇は尖った。窓際の一番前に座る三ツ谷と、その隣に座る。ふたりが真面目そうな顔で担任の話を聞いているのをじっと見つめていたが、いつまでも睨んだところで早く出てきてくれるわけじゃない。

「あーぁ。早く終われよな……」

 落胆とも投げやりともつかない声を漏らし、後頭部をなでつける。そんなことで気が晴れるわけもなく、むしろ声に出したことでより一層、願望が強くなる。
 ――せめてアイツらがこっちに気付いてくれたらいいのに。そしたら変な顔でもして笑わせてやんのによ。
 担任に見つかったら怒られるかどうかの瀬戸際に追い込んでやればちょっとは面白くなるはずだ。だが実際、オレに気付いたふたりが笑い始めたとしたら、異変に気付いた担任がこっちに文句を言うなりふたりを叱るなりして話を長引かせる可能性が高い。
 どう考えても悪いようにしか転ばないのだと思えばおとなしく待つほかないのだろう。そうと気付きつつも尖る唇は引っ込めようがなく、気を抜けば飛び出しそうな不平不満は募るばかりだ。
 釈然としない心地を抱えたままくるりと身体を反転させる。せめて廊下だけでも換気をしようと誰かが考えたのだろう。開け放たれたままの窓枠にもたれかかると、昇降口辺りに結構な人数が歩いている姿が目に入った。部活生なのか帰んのか知らねぇけど、すでにそれぞれの好きな時間を過ごしている姿を見ると羨ましさまでもが顔を出す。
 ――あー――クッソ。つまんねぇな。
 辟易とした感情が湧くままに舌を打ち鳴らした。だがこれ以上羨んだところで、こっちの気分が下がるだけだ。気を取り直すとまではいかないが、せめて地上へ目を向けるのは止めよう。その一心で窓から更に身を乗り出し頬杖をついた。肘の辺りが汚れるんだろうな、とは気付きつつも、あとで払えばいいかと結論づける。
 そうやってパーちんやを待っていることから気を逸らしながらぼーっと空を流れる雲や吐く息の白さを眺めていると、日直と思しき男の「起立」の声が教室内から聞こえてきた。その声に上体を捻って身体を起こせば、わらわらとのクラスメイトたちが教室から出てくる姿が目に入る。

「……ったく。遅っせぇんだっつの」

 深い溜息と共に悪態をつく。だがSHRが終わったのならあとはもうを回収してしまえばいいだけだ。パーちんのクラスはまだ終わってないけれどふたりで待つなら悪くない。そう思いながら教室から出ようとするやつらを押しのけてのクラスへと足を踏み入れる。
 
「おい、! 帰ろうぜ!」

 いつものように声をかける。当然も頷くだろうと思っていた。だが自分の席に着いたままオレを振り返ったは予想に反して怪訝そうな顔つきを浮かべる。

「え、今日は無理」

 手のひらを立てNOを突きつけるを目にしたオレは大きく口を開けて顔を顰めてしまう。

「ハァ?! なんでだよ!」
「手芸部の子と集まるから」
「ハ? 聞いてねえし」

 机を叩く勢いでの正面に飛び込んだが、は事もなげにオレを見上げるだけだった。これだけ待たせておいて今更そんな予定を入れさせるわけにはいかない。
 だがオレの反論をものともしないは悪びれもせず「前に言った」「朝も言った」と繰り返す。そう言われると朝もその前も聞いたような気がし始めたが「いや知らねぇし」としらを切った。
 の予定が入っている以上、無理矢理連れ帰るわけにはいかない。そうとは知りつつも、どうしても受け入れがたいと思ってしまう。苛立つ理由なんてわかんねぇけど、小学生のころから毎日一緒に帰ってんのに染み付いた習慣をあっさり覆されるのは我慢ならなかった。

「っつーかなんでいきなり手芸部なんだよ。今日部活ねぇんだろ」
「? だから集まるんだけど」

 相変わらずちっとも話が見えてこないしゃべりかたをするにますます苛立ちは募る。手を引いて無理矢理連れ帰るつもりはないが、こっちが納得できる理由を寄越して欲しい。

「だからわけわかんねぇっつってんだろ!」

 大声でにがなると同時にポンと右のケツに軽い衝撃が走る。誰かがわざとぶつけてきたに違いない。そんな接触に睨みを利かせて振り返れば、眉尻を下げてこちらを見上げる三ツ谷の姿があった。

「うちの部員に迷惑かけんなよ」

 たった今、オレのケツにぶつけたであろう鞄を揺らす三ツ谷の弁に「ハァ?!」と更に大きな声が出た。

「かけてねぇし! っつーかにしか絡んでねぇんだからいいだろ!」
「いや、ぺーやんの剣幕のせいでさんに近寄れない子たちがいるから」

 オレから視線を外した三ツ谷はくるりと廊下を振り返る。その視線を追えば、黒板横の扉から遠巻きにこちらを眺める数人の女子の姿が見て取れた。目が合うと気まずそうに身体を扉の陰に隠しつつも、そいつらはそれぞれ三ツ谷やに視線を送っているようだった。

「クッ……」

 まだちっとも納得はしていないがに用事があるらしい女子の姿を見ていると、何もしてねぇのにこっちが悪いことをしているような気にさえなってくる。特に苦手な安田さんの姿が目に入るとなおさらだった。またごちゃごちゃ言われるくらいならここらで退散するのが得策なんだろう。
 4対1の喧嘩じゃ負ける気がしないのに、相手が女子ってだけでこっちの分が悪いような心地に追い込まれる。居心地の悪さに負けてへ視線を落とせば、気まずそうに眉根を寄せたままこちらを見上げると視線がかち合った。

「良平」
「オゥ」
「明日からまた一緒帰ろ」
「……遅くなるんだったら連絡しろよ」
「うん」

 頭を揺らしたにまた唇がほんのりと尖る。だがもうこれ以上喚いたところで何の意味も無いと悟れば諦める以外の選択肢は浮かんでこなかった。オレの戦意がなくなったのを肌で感じたのだろう。隣に立っていた三ツ谷が苦笑しながらこちらを振り返った。
 
「あんまりさんを困らせんなよ、ぺーやん」
「っるせ!」

 さっきされたお返しに幾分か乱暴に鞄を揺らして三ツ谷の太ももに当てると、「じゃあな」と残して教室の後ろから出た。溜息交じりに扉を通り抜ければ廊下でケータイをいじっているパーちんの姿が目に入る。どうやらオレがのクラスにいる間に、パーちんのクラスのSHRも終わっていたらしい。
 オレの登場に気付いたらしいパーちんがこちらを見上げてニッと笑うと同時にささくれ立っていた気持ちが鳴りを潜めていく。
 
「パーちん! 帰ろうぜ!」
「オゥ。どーしたんだよ、そんなに勢いよく。つーかは?」

 浮き足立ったのも束の間、の名前が出た途端、またしても気分が急降下する。ぶすっと顔を顰めたオレを見上げたパーちんは、なにも考えて無さそうな顔をして「ア?」と首を傾げた。

「……部活のヤツらと遊び行くって」
「うぉ! マジか!」

 オレの落胆に反して一息にテンションを上げたパーちんに思わず「ハァ?」と声を上げる。目をキラキラと輝かせたパーちんがここまで喜ぶ理由はなんなのか。唖然として見返すオレに、パーちんは「よかったー!」と声を上げた。

「ハァ? なにがいいんだよ」

 まさか今までが邪魔だったなんて話はパーちんに限っては絶対にない。そこまではわかるがパーちんがここまで大喜びする理由もまたわからなかった。悪態が滲んだ声をなんとも思ってないらしいパーちんは相変わらず喜色満面のままこちらを見上げた。

「だってにも放課後に遊べる友だちが出来たってことだろー!」

 屈託のない笑顔と共に告げられた言葉に思わず目を見開く。たしかに今までロクにダチのいなかったがオレら以外の誰かと遊んで帰るのは珍しい。っつーかほとんど思い出せない。もっと記憶を遡ればあるのかもしれないがここ二、三年はまったくなかったはずだ。
 ひとまず、中学に入ってからは初めてなのは間違いない。たまに三ツ谷が加わる日もあったが基本的にオレら三人で帰るなり遊ぶのが常だった。
 部活の終わる頃合いを見計らい家庭科室に迎えに行った際、最初こそ手芸部の連中とつるまずポツンとひとりで座っていたが、いつしかその輪に混じっていたのには気付いていた。そこから更に仲が深まったと言うなら、オレも嬉しそうに笑うパーちんと同じく喜んでやるべきなんだろう。オレらは一緒にいるのが普通だけど、の世界が広がるのはきっと悪いことじゃない。
 そう感じてはいるのに、どこかまだ釈然としない心地が残っている。うまく感情を飲み下せないままに唇を尖らせているとパーちんが不思議そうに首を傾げた。

「嬉しくねーの?」
「あー⋯⋯わかんね。つっーかパーちんはいいのかよ。これからあんまと遊べなくなるかもしんねーんだぞ」
「まぁちょっとは寂しいけどな。でもオレらがにとって一番のダチなのは変わんねぇからよ」

 迷いのないパーちんの言葉に、胸の奥にあった燻るような気持ちが薄れていく。言われてみればだってオレらと縁を切るって言ったわけじゃない。たまたま今日、用事があると断っただけの話だ。
 新しいダチが出来たってんなら、そういう日がこれから増えることもあるだろう。それでも、今までみたいにいつもつるまなくなったって、オレらがダチであることにはなんら変わりはない。

「そーだな! たまにはいいこと言うじゃねぇか、パーちん!」
「おいおい、あんま褒めんなって!」

 気持ちが晴れるままにニッと笑えば、パーちんもまた歯を見せて笑った。そのまま昇降口へ向かうべく廊下を歩き始めると、ちょうど教室から出てきたと鉢合わせる。
 気は晴れたとはいえ、さっきの気まずい別れ方が頭にあるといつもみたいにすんなり話しかけることができなくて思わず身構えてしまう。手芸部の女子の視線が向けられるとなおさらだった。
 声はかけられないくせにから目を離すこともまた出来なかった。じっとを見つめたまま歯を食いしばるオレの戸惑いに気付いたのだろう。は困ったように眉根を寄せつつもほんのりと口元を緩めた。

「良平、パーくん。またね」
「……オゥ」
「じゃあな、。気ぃつけて帰れよ」
「うん」

 ぎこちなく応じるオレとは違ってパーちんはに向かってにこやかに手を掲げる。バイバイ、とこちらに手を振ったが嬉しそうに手芸部の連中についていく後ろ姿を眺めていると、やっぱり少しだけ唇の先は尖った。





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