林05:たんたんと続いてく05

たんたんと続いてく 05


昇降口で靴を履き替え教室へ向かうべくと並んで階段を上っていると、後ろから明るい声が投げかけられた。

「ぺーやん! !」

 その大きな声で名前を呼ばれた途端、階段の途中であっても自然と足は止まる。オレ同様に背後を振り返ったが口元をゆるめたのを視界の端に捉えたまま肩に引っ掛けた鞄ごと手を上げる。

「オゥ、パーちん」
「パーくん、おはよ」
「おはよー。今日も寒ぃなー」

 寒いと口にしながらもパーちんは機嫌良さそうにニコニコと笑っていた。隠しきれない感情を目の当たりにすると同時に、ぽやっとした顔つきでパーちんを見つめるを横目に見やる。
 と共に登校するオレとは違い、パーちんはいつもならもっと遅刻ギリギリか、授業が始まってからしか学校には来ない。そんなパーちんが、今日に限って早くやってきた思惑が透けて見えると、思わず顔を顰めそうになる。
 ――多分、パーちんはに会うために早く学校に来た。
 計らずとも察してしまった相棒の心中を思うと、やりきれなさと歯痒さが入り交じったような気持ちが沸き起こる。複雑な顔をしたオレなんて意にも介さないパーちんは、階段の手前に立ったままオレの手元へチラリと目線を移すと一段と表情を輝かせた。

「あ! それ! もしかしてのバレンタインか?!」
「ア? ……オゥ、そーだよ」
「やっぱり! 今日だと思ったんだ!」

 きらきらと目を輝かせるパーちんの言葉には期待しか映っていない。思わず視線を横に流せば、つい先程浮かべたばかりの笑顔を引っ込め、絶望しかないと言いたげな顔をしたの姿が目に入る。
 青白い顔で眉根を寄せたがこちらをぎこちなく振り仰いだ。「助けて」と言われるより強く感情が伝わってくるが、目線を外すことでそれを無視する。

「りょうへ……」

 顔を背けたオレを目の当たりにしたであろうが小声でオレの名前を呼んだ。それだけではなく学ランの裾を引っ張ったのがかすかに伝わってくる。
 チラリと目線を戻せば、が口を半開きにして訴えかけてくる姿が目に入った。近所の野良猫みたいな顔をしたの指先を手の甲で払い除けると、今度は指先をつままれる。
 ――ったく。しつけぇな、マジで。
 小さく舌を打ち鳴らしたオレは手を翻し、の冷えた手のひらを包み込む。そのまま三回強く握りしめ「イ・ヤ・だ」と伝えると今度こそハッキリ振り払った。
 オレらの攻防なんて知る由もないパーちんは、キラキラした笑顔のまま数段下から駆け上がってくる。

「毎年楽しみにしてっからさー! なぁ、今年は何作ったんだ?」
「うぅ……」

 三人一緒になったところで階段をのぼり始めると、パーちんは無邪気な顔してこれ以上ないほど尖った質問をにぶつけた。もらえるのだと信じて疑わないパーちんの言葉が胸に突き刺さったのだろう。とうとう呻き声まで上げ始めたはぎゅっと鞄の持ち手を握りしめたまま黙り込む。
 ――オイ、こんなパーちんの笑顔を見せられて胸は痛まねぇのかよ。
 内心で非難の言葉を投げかけながらを横目に睨めつけた。きゅっと唇を引き締めたの視線が面白いほど揺れているのが傍目から見ているだけでもわかる。
 ぷるぷると肩を震わせるの言葉が絞り出されるよりも先に、なにかに閃いたようにさらに一段と表情を明るくさせたパーちんがを振り仰いだ。

「あ、待った! 当ててみるから答えは言うなよ?! たしか昨年がなんか美味いチョコで、その前がココアクッキーで……」

 ――バカの癖に、そういうとこだけきっちり覚えてるのかよ。
 呆れとも感心ともつかない心地を味わいながら、歴代のからもらったバレンタインチョコを指折り数えるパーちんを眺める。
 市販のタルトカップの中にチョコを流し込んだもの。クッキーにチョコペンで落書きしたもの。すっかり忘れていた記憶ではあるが、オレもパーちんと同じくからチョコを毎年もらってきたので、ちょっとの言葉をきっかけにして、記憶の底から当時の様子が頭に浮かんでくる。
 もらった瞬間にチョコにガッついたパーちんが先に食い終わってしまい、残ってるオレの分にまで手を伸ばしたときはマジ喧嘩したっけな。結局、が自分用に確保していた分をパーちんにわけて事なきを得たが、よく考えたらオレよりパーちんの方が多くもらっているじゃねぇかと今更ながら気付かされる。
 納得いかねぇな、と顔を顰めたところでもう何年も前の話だ。今更蒸し返したところでふたりに呆れられるだけだろう。
 ――ま、オレは隣の家のよしみってやつで、前日に味見と称して作りたてのやつをもらったけどよ。
 パーちんに伝えたら「もらってねぇ!」と激怒しそうな負け惜しみを思い返していると、片手の指を全部折ったパーちんが出来上がったばかりの拳をぎゅっと強く握って叫ぶ。

「……あとはあれ! ナッツが入ってるやつ!」
「それ市販のやつだろ」
「え、マジ?」
「そーだよ。小二であんなもん作れるワケねぇだろ」
「たしかに……」

 ひとつ頷いたパーちんは「小一、小二のやつは手作りじゃなかった」と締めくくり、今度はバレンタイン以外でが作った菓子のレパートリーを口にする。
 さつまいものケーキ。バナナマフィン。ガトーショコラなんてものもあったっけ。
 どれもホットケーキミックスや混ぜて焼くだけで作れるキットありきのものだが、思い返せば結構食ってんな。飯のおかずを食わされた記憶の方が多すぎてすっかり忘れてた。
「よく覚えてんな」と感心すると共に「そんなものもあったな」と懐かしむ気持ちも沸き起こる。
 あれもこれもと口にするパーちんは、左右の指をすべて折りきったところでまたしても輝かしいほどの笑みを振りまいた。

「なぁ、! 今年はもしかしてカップケーキだったりするのか?!」

 一通りのメニューを思い出したパーちんは、とうとう自力で正解を導き出した。紙袋が破れて中身が見えたのかと訝しんだが、肩越しに確認してもそんな事態は起こっていない。
 付き合いが長いどころの話ではなく、ほとんど生まれたときから一緒にいるんだ。オレだってふたりの考えはある程度読める。だが、今回みたいに「作ったチョコは何か」なんて問題は正直、当てようがない。それでも当てやがったパーちんに「その記憶力と執念は期末試験にでも使ってやれよ」と言いたい気もするが、こういう妙なとこで謎の力を発揮するのもパーちんっぽいなと思った。

「な、。あたりだろ? な?」

 ポン、と軽くの肩を叩いたパーちんは、自信ありげにをまっすぐに見上げた。ぎゅっと眉根を寄せたが気まずそうにこちらを横目に見上げてくるのが視界の端に映り込む。だが、もうここまで来たら逃げ場はない。
 伸びてきた手のひらをさっきと同じように手の甲で払いのけ、廊下に辿り着いたのを機に腕での肩の裏を押し返す。悲痛な顔をしたに顎で「パーちんに謝れ」と促せば、観念したのかはその場に足を止めた。

「? 、どーした? ――あっ! チョコくれんのか?!」

 バリバリの不良のくせに屈託のない笑顔を浮かべるパーちんに対し、は相変わらず沈痛な面持ちでパーちんに向かい合っている。身体の真横に下げた手のひらがぎゅっと鞄の持ち手を握りしめるのを目の端に捉えながら、そっとの斜め後ろに控えてやった。
 ひとつ、が息を吐く。その直後、意を決したように顔を上げたは、苦い表情のまま声を絞り出した。
 
「……ごめん。今年はパーくんのチョコない」
「ハァ?! なんでだよッ!」

 機嫌の良さをかなぐり捨てマジギレしたパーちんの叫びに、近くを歩いていた同級生らがこぞってこちらを振り返る。揉めているのがオレら三人だと気がついたヤツらは「ヤバイ! 林田くんたちだ……!」と口々に言い残して教室へと駆け込んでいく。
 中には「さんもヤンキーじゃん……」なんて誤解に満ちた言葉もあったが、訂正しようにもオレが首を捻った瞬間に言葉を零したヤツは足早にどこかに行ってしまったためそれもままならなかった。
 舌を打ち鳴らして視線を戻せば、パーちんとが睨み合っているさまが目に入る。
 憤怒の形相で仁王立ちしたパーちんに対するは、相変わらずぎゅっと眉根を寄せている。一見、パーちんを睨んでいるようにも見えるが、どちらかというと罪悪感いっぱいで泣きそうになっているのはオレもパーちんも承知済みだ。まぁ、がここでボロボロ泣くようなタマじゃねぇからパーちんも思いっきり感情をぶつけられるんだろうけどよ。
 顎を引き、じっとパーちんを睨み返すは言いづらそうに口元をまごつかせながら、それでも懸命に言葉を紡ぐ。

「理由は……。その、言えないんだけど」
「言えないってなんだよ! そんなの納得出来るわけネェだろッ! ――なぁ。。オマエ、オレのこと、キライになっちまったのか?」

 激昂していた表情から一点、と同じように泣きそうな顔をしたパーちんは弱々しい声でに訴えかけた。声や感情の大きさに緩急をつけてくるあたり、本当にタチが悪い。
 そんな計算じみたことをパーちんは考えちゃいないんだろうが、にはクリティカルヒットだったようで、はより一層眉根を寄せた。
 
「そんなことは一生ないけど……」
「じゃあなんでぺーやんにはあってオレにはないんだよ!」

 こちらをビシッと指で示して喚くパーちんは、唐突にオレを引き合いに出してくる。下唇を突き上げて我慢ならないと言いたげな顔をしたパーちんに、オレは「アァ?!」と反射的に返した。

「落ち着け、パーちん! コイツに悪気はネェからよッ!」
「悪気がなかったらなにやってもいいのかよ!」

 の出した結論には正直賛同はしてはいないが、一応なりの理由ってモノを知っている立場としてフォローを入れてやった。だがパーちんにはあまり響かなかったどころかド正論をぶちかまされた。
 たしかにパーちんの言うとおり悪気が無いからといって、パーちんの期待を踏みにじるのはよくないだろう。だが、いくら荒れたパーちんに絆されたとしても、もりユミの話を持ち出すのはさすがにマナー違反だ。も昨夜の件で学習したらしく、情に訴えかけてくるパーちんを目の前にしてもなお、もりユミの名前だけは決して言うまいと誓っているようだった。

! なんとか言えよッ!」
「うっ……。だから、今年の、バレンタインは、パーくんの分はない……ッ!」

 律儀にも再びパーちんに事実を突きつけたは、半泣きになりかけの表情でパーちんを睨み付けた。同じくの宣言を受けたパーちんもまたショックを受けたらしく涙目でを見上げる。
 バカふたりの反応を目の当たりにしたオレは、思わず肩で大きく息を吐き出した。
 何か言えって言われたからってわざわざ追い打ちをかける言葉を選ぶバカがいるかよ。――いたわ、ここに。
 同じように一回宣言されたことを再び聞かされてショックを受けるパーちんもパーちんだ。この場にはバカしかいねぇ。
 苦渋の決断をくだしたと信じていると裏切られたと言わんばかりのパーちん。感情の置き所は違えど顔面蒼白のまま立ちつくすふたりを前にしたオレは、どちらの味方になる気にもなれなくてガシガシと頭の裏を掻く。
 ――それでもやっぱ、説得するならよりパーちんの方だよな。
 今、この場にパーちんへのチョコがない以上、に渡せっつってもないもんはないんだからどうすることもできない。今回に限っては、パーちんに諦めてもらうほかないのだ。
 
「チッ。……ったくよぉ。オイ、パーちん。今、の言葉聞いたろ。ねぇんだってよ、今年は。諦めろ」
「テメェはちゃんともらったからそんなこと言えんだよ! バレンタインはな! 一年に一回だぞ!? 次は来年なんだぞ?!」
「アァ?! だからってオレに当たってどうすんだよ! 今度ちゃんと説明してやっからよォ! とりあえず今は諦めろ!」

 怒りの矛先をこちらに差し向けたパーちんに応戦してやると、歯を食いしばったパーちんは今にも殴りかかってきそうなほど拳を強く握った。
 ――お? なんだ、ヤんのかよ。
 反射的に持っていた鞄を廊下に叩きつけると、斜め前に立つがびくりと肩を震わせた。ガチの喧嘩になると感じ取ったのだろう。がオレの腕を掴んでくる。それを振り払って前へ一歩踏み出せば、今度は身体全体でオレの前に立ち塞がった。

「ンだよ、。退けよ」
「……イヤ。これは、私とパーくんの喧嘩だから。良平は喧嘩しないで」

 ぎゅっと眉根を寄せたはへの字口でオレを睨み付けてくる。パーちんと似たような顔をしたに内心腹は立ったが、サシでの勝負だと言われちゃ引くほかない。

「……チッ。だとよ、パーちん。あとはテメェらで白黒つけやがれ」

 叩きつけた鞄と紙袋を拾い上げ、パーちんに向かってそう宣言するとパーちんは面白く無さそうに鼻をフンと鳴らした。歯を食いしばり、改めてに向き直ったパーちんは、叫ぼうが喚こうがの決意が変わらないとようやく理解したのだろう。ぎゅっと眉根を寄せたままを睨み据えた。

「……のバァカ。昨年から楽しみにしてたのに……。もう今日は口きいてやんねぇからなッ!」

 拗ねちまったらしいパーちんは、それだけを吐き捨てると肩を落として自分のクラスへと歩いて行く。その背中を眺めていると、たった今、喧嘩しかけたのも忘れて同情にも似た感情が湧き上がった。
 チョコひとつでこんなに落ち込んじまうのならこれから先、もりユミと上手くいくにしろ現状維持を貫くにしろ、が妙な避け方する度にパーちんは怒ったり落ち込んだりするんだろうな。
 長い付き合いだ。パーちんの行動なんて簡単に予想がつく。同じようにだってちょっと考えりゃこうなるってわかりきってただろうに、なんでパーちんにチョコ渡さないなんて結論を出すんだか。
 呆れるままに肩で息をひとつ吐くと、しょんぼりと眉根を寄せたがこちらを見上げてくる。こうなるように仕向けたのは自分のくせに、一丁前に傷ついた顔をしやがったに、やっぱりコイツはバカだと思った。

「パーくん、怒っちゃった……」
「だから昨日、あんま変な気ぃ回すなつったろ」

 もりユミに気を回すのにいっぱいいっぱいでパーちんがどう思うかなんて考えてなかったんだろう。の行動ひとつでパーちんが泣いたり笑ったりするのなんて当たり前だってのに、マジではバカなんだよなぁ。
 とは言え、理由を知っててパーちんに伝えなかったオレもある意味同罪ってやつなんだろうけどよ。

「仲間はずれはよくないよね……」
「そーだな。特にオレらはガキのころからなんでも一緒にやって来たんだから、パーちんも余計に腹立ったんだと思うぜ」

 いくら家が隣同士のオレらの方が付き合いが長いとは言え、保育園からずっと三人でつるんできたんだ。オレとパーちんが、そしてオレとがそうであるように、パーちんとだって兄弟の契りを交わしている。だからこそ、パーちんは自分ひとりだけ除け者にされたと感じて怒ったんだろう。

「ごめんね、良平。変なことに巻き込んで」

 軽く俯き、横髪を引っ張るように梳いたの表情は暗いままだ。あからさまに落ち込んだ様子を見せられると、コイツが悪いってのに、ちょっとは慰めてやんねぇとな、なんて気になってくる。

「別にいーよ。今度パーちんと……あともりユミにも話は通してやっからそれまでおとなしくしてろ」
「ん」
 
ほんの少しだけ唇を尖らせたが頭を揺らす。その姿を横目に眺めながら「あんま落ち込むんじゃねぇぞ」の気持ちと共にポンと肩を叩いた。



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