進撃015

訓練場②



 訓練のために集まった人の間を縫うように進む。一歩前を行くアルミンが盾になってくれていることをありがたいと思いながら、先頭へ向かったはずのミカサの姿を探していると、背後から不意に声を掛けられる。それと同時に、肩に柔らかく触れる手があった。先を歩くアルミンを気にかけながらも振り返れば、先程別れたばかりのベルトルトが立っていた。
「ベルトルトっ!」
 ベルトルトの顔を目にした途端、自然と顔がほころんだ。私の肩から離した手のひらを見せるように掲げたベルトルトからもまた、同じような反応が返ってくる。ただそれだけで、ますます胸の内が暖かくなるようだった。
も、前の方に向かうの?」
「うん、そのつもり! ミカサが先に行っちゃってさ、追いかけてるとこなんだ」
「僕らも一緒に行ってもいいかな」
「うん、いいよー」
 控えめに問いかけるベルトルトに、一も二もなく承諾する。元より授業で使うということもあり、集合場所はみんな同じだから、鉢合わせることは想定内だ。それでもこの数百人といる集団の中で、共にいることを選んでくれたなら、こんなに嬉しいことはない。
 背後にいたベルトルトの腕を取り、更にこちらへと引き寄せる。相変わらずぎこちなく応じるベルトルトだったが、その表情に戸惑いは映されていなかった。むしろベルトルトの後ろにいた金髪の少年の方が驚いていたくらいだ。じろじろと見られているのが気になって、接触もそこそこにベルトルトの腕を解放する。そっと私の隣に並び歩みを再開させたベルトルトは、ほんの少しだけ口元を緩めて私に視線を落とした。
「ベルトルト。先に行くぞ」
「あぁ、うん。すまない」
 一声残した金髪の少年はベルトルトの横を通り過ぎ、前を行くアルミンに声をかける。体の大きな彼のおかげか、先を進むことが格段に容易になる。誰ともぶつからなくなったことに安堵の息を吐いた。
「ミカサ、ってさっき言ってた子のことだよね? 今はどこにいるの?」
「うーん。多分エレンが先頭にいるからそっちに向かったと思うんだけど……見えない?」
 私よりもはるかに背の高いベルトルトならば、この人垣の先を見れるんじゃないだろうか。そう思い尋ねてみると、ベルトルトは私と視線を合わせるために屈めていた背を伸ばした。
「あ……。ちょうどエレンの隣に辿り着いた子がいるから……もしかしたらその子かな」
「髪、黒い?」
「うん、そうだね」
「かわいい?」
「そ、それはちょっと……ここからはわからないよ……」
 私のからかい含みの追及に対し、恥じ入るように俯いたベルトルトは、眉根を寄せ、困惑をその表情に浮かべた。近付いたらかわいいかどうかわかるのか、という追撃を加えてもいいのだが、これ以上困らせるのは単なる意地悪になってしまいそうだ。
 ベルトルトの顔にはありありと「勘弁してくれ」と書いてある。それに応じるため、黙って彼を見上げながら、これ以上は言わないと言う代わりにぺろっと舌を出して見せた。警戒するように私の表情を覗き込んできたベルトルトだったが、私が何も言わないことを悟れば硬い表情を解いた。
「あ、ね。ベルトルト」
「うん」
 ベルトルトの袖口を指先で引っ張り声をかける。焦りの色を浮かべた瞳は私への警戒を色濃く映し出していた。追い打ちじゃないんだけどな、と小さく苦笑しながら、改めてベルトルトを見上げる。
「さっきさ、ベルトルトが言いかけたことってなんだったの? ほら、私に聞きたいことがあるって言ってたじゃない?」
「あ……」
 言葉を詰まらせ、怯んだ様子を見せたベルトルトは私の表情と先を行く友人の背中とを見比べた。振り向かない彼の背中を見つめるベルトルトの様子に、釘を刺されでもしたのかと訝しむ。真一文字に口元を引き締め、黙り込んだベルトルト言葉を、じっと黙って待つ。十分に悩んだ様子を見せたベルトルトは、短く息を吐き出し、憂いに塗れた視線を私に落とした。
「うん。僕の勘違いだったかもしれないから……またちゃんと確証が持てたら聞いてもいいかな?」
「ホント? 遠慮してない?」
 眉を下げたベルトルトの言葉を、にわかには信じきることが出来ない。本当は聞きたいのに我慢しているのではないかと疑惑が頭をもたげた。
「してないよ。大丈夫だから……少し、時間を貰えたら嬉しいよ」
「わかった。でも私、忘れちゃうかもしれないから……ベルトルトも覚えていてね」
「……忘れないよ」
 ポツリとこぼされたベルトルトの言葉は、周りの声に負け、すぐさまかき消されてしまう。だが、曖昧ではあっても、ベルトルトがその表情に笑みを浮かべているのを目にした途端、もう私には彼の「遠慮していない」という言葉を信じることしか出来なかった。
 そのまま先頭の一団に加わり、横に移動しながらミカサの姿を探す。中央の器具の正面に辿り着いた頃には、ようやくその姿が見え隠れするようになっていた。
「え、?」
 怪訝そうな声が頭上で紡がれた。反射的にベルトルトを見上げ、そのまま彼が視線を送る先へと目を向ける。数名の背に阻まれてハッキリとは見えないが、たしかに器具の正面にはが立っていた。
 隣に立つミカサとなにやら喋っているは、時折手を翻し、あろうことかミカサの腕に触れたりしている。これにはアルミンも驚いたらしく、大きな瞳を何度も瞬かせていた。
「何をしているんだ、お前は」
「あーうん。ちょっとねー?」
 へらりと笑ったは、近くまでやってきた私たちを振り返り、やましいことはないと言う代わりにミカサから距離を置いた。空いたスペースにアルミンと共に入り込み、チラリとミカサの表情を盗み見る。いつもとなにひとつ変わらない様子に、何をしゃべっていたのかを探る言葉を投げかけるのは難しかった。
 からなにか読み取れないだろうかと視線を翻したが、はこれ以上は何も回答するつもりはないと言う代わりに、すべてを跳ね除けるような笑顔を浮かべていた。
「お前らこそどうしたー? こんな前に出てきてー」
「エレンの様子が気になってな」
 の隣に立った金髪の少年の、元より厳つい顔がまた一段と険しくなる。低い声で応えた彼の心が読めるようだった。きっと「お前は答えないくせに俺らには答えさせるんだな」とでも考えていることだろう。
「あー。じゃあ、オレもそれー」
 一方、簡単に彼の言葉に便乗したは、明らかに嘘を吐いたとわかるような口ぶりで笑った。だが、バレても構わないというの態度に、癪に障ると憤るよりも強く呆れてしまう。隣に立つ彼が大きく溜息を吐く姿が印象的だった。ベルトルトへと視線を戻すと、彼もまた困惑を絵に描いたような表情を浮かべている。
 じっと視線を差し向けていると、私の視線に気付いたベルトルトが、固まった表情をほんの少しだけ解いて、うっすらと唇を開いた。
「えっと、実はゆうべ、僕たちもエレンに立体機動装置のコツを教えてくれって話しかけられたんだ」
「えっ! そうなの?!」
 突然、差し出された真実に目を丸くしてしまう。先程、ベルトルトと歩いた道のりでエレンが話題に上った際にはそんなこと微塵も言っていなかったのに。自然と咎めるような視線になってしまっていたのだろう。私の表情を目にしたベルトルトが曖昧に微笑んだ。
「もう、さっき言ってくれればよかったのに」
「僕も、と一緒でたいしたこと話せなかったから……」
 控えめに笑うベルトルトは、私を飛び越えてアルミンへと視線を差し向ける。その視線を追うように、私もまたアルミンを振り返った。
「そうなの?」
「あぁ、うん。エレンはいろんな人に聞きまわってたみたいだから……ベルトルトたちの他にもコニーやジャンにも聞いてたよ」
「ほんとにー? でもジャンが教えるとは思えないんだけど」
 わざと険のある表情を作るべく目を細める。それは私の、心からの言葉だった。エレンに質問をされたジャン、という状況を頭に思い浮かべたとき、偉そうに講釈を垂れる姿、というのも想像がつく。だが、ジャンはエレンに対して敵愾心を抱いているからこそ、罵倒混じりで罵る姿の方が想像に容易い。
 私から差し向けられる疑いの眼差しに、アルミンは恐縮したように体を小さくさせた。
「それが……聞いてはみたんだけど……断られちゃって」
 言いにくそうなアルミンの様子に、ゆうべの現場を見てないにも関わらず、ジャンがどのようにエレンに対応したか、ありありと脳裏に閃いた。
「……後で注意しとくね」
「えっ、別にそんなことしなくていいよっ。簡単なことだから教えるのが難しいって言われただけだし」
 取り繕うように慌てふためいたアルミンだったが、その動揺がますます怪しさに拍車をかける。ベルトルトへと視線を翻すと、目があった途端、知らないとばかりに頭を横にふるった。奥の二人へと視線を伸ばしたが、ベルトルトほどではないものの、やはり反応は変わらなかった。肩で息を吐き出しながら改めてアルミンへと向き直り、胸の前で腕を組む。
「でもさ、アルミン。どうせジャンのことだから無様な姿を晒しておいて正気でいられるコツを教えろーだなんてエレンのこと煽ったんでしょ?」
 思いつくままに言葉を紡いだ。辛辣な言葉を言うジャン、と考えただけでつらつらと言葉が出てくる。ジャンとは付き合いが長いからこそ、起こる反応や思考、発言がトレースできてしまう。特技としてはあまりにも残念なものだが、できてしまうものはしょうがない。
 私の言葉に目を丸くしたアルミンは感慨深げに息を吐いた。
「……すごい、ほとんど合ってるよ」
「ホントに? そんな失礼なこと言ってんの、あの子」
 今度は私が驚く番だった。思考が読み取れるとは言え、まさか面と向かってエレンに言わないだろうとタカをくくっていた。せいぜい聞き上手のトーマスや仲良くなったマルコあたりにぼやく程度で収まるはずだと思っていたが、どうやら私の思い違いだったようだ。
 頭を抱えてその場にしゃがみこむ。本当にジャンは性格がねじれ曲がっている。いいこだから仲良くしてね、だなんて言うんじゃなかった。知らず知らずのうちにとんだえこひいきを披露していた自分がひどく恥ずかしかった。
 地面に膝をつき、ジャンの態度をどう改めさせるべきか考えていると、アルミンの隣に立つミカサが身体を前傾させたのが横目に入る。
、そろそろエレンの試験が始まるから」
 静かにしなさい、とは言わず、口元に人差し指を立てたミカサが私を窘める。それは訓練中の私語で教官に怒られることを危惧したものではなく、言葉通りエレンを見るから邪魔するなということなのだろう。頭を右手で押さえながらよろめくように立ち上がろうとすると、そっとベルトルトの大きな手のひらが私の腰に触れた。
「ベルトルト、ありがと」
「いや……うん。平気?」
「うん、大丈夫だよー」
 元気だ、という代わりにベルトルトへ笑いかけてみせると、ベルトルトは安心したように口元を緩めた。支えてくれた手のひらが離れていくのを見送り、ふと、背後へと視線を転じる。
 数百人と並ぶ中、遠くでマルコと談笑するジャンの姿を見つけた。私の気持ちも知らずヘラヘラ笑っているジャンが憎たらしい。届かない視線なんて虚しいだけだ。そんなことはわかっているのに、どうしてもジャンの横顔を睨まずにはいられなかった。



* * *



「エレン・イエーガー……覚悟はいいか」
 傍から見ているだけでも竦み上がるほどの鋭い眼光がエレンへと注がれる。訓練設備の前で仁王立ちになった教官は、脅迫のような言葉をエレンのみへ差し出した。
「はいっ!」
 固唾を飲んで見守る私たちに背を向けるエレンは、対峙した教官へ力強い返事を返す。凛とした背中を見つめながら、どうしてこの場にエレンしかいないんだろうか、と眉根を寄せる。
 たしか、昨日の訓練ではエレンほどのひどさではなかったが、不合格だった者も複数名いたはずなのに、一体どうしたんだろう。再試験を免除された、といった情報はなかったはずなんだが。
「なぁ、聞いたか。今朝もまた、脱走したやつがいたらしいぜ」
「あぁ、隣の部屋のやつだな。荷物も残して出て行ったんだろ……まぁ、また全員の前で失態を晒されるよりかはマシなのかもな」
 背後から聞こえてきた会話に耳をそばだてる。首をかすかに捻って視線を向ければ、坊主頭が特徴的なコニーと癖のある前髪を抑えるようにセットしたフロックが話している姿が目に入ってきた。
 彼らの口ぶりから察するに、どうやら昨日の訓練でまともに出来なかった子が逃げたらしい。そう言われてみると、今朝、同室だったはずの子の姿が忽然と消えていたような気がする。大人数だから気にしていなかったけれど、今朝の点呼や朝食の時間にも昨夜不合格だったはずの彼女の姿は見ていない。コニーたちの推察を借りるのなら、おそらく彼女も”逃げた”のだろう。
――と、いうことは昨日、合格できなかった子の中で、エレンだけが残ったのか。
 いつの間にか器具へとベルトをつないでいたエレンの表情を探る。真っ直ぐに教官を睨むエレンの闘志に火が付いたような瞳に、彼の信念を垣間見た気がした。
「始めろっ!」
 教官がひとつ叫んだ。その掛け声と共に今日も訓練補助係に任命されたトーマスが、装置のハンドルを回す。トーマスの腕が一度、二度と円を描くたびにエレンの体が持ち上がっていく。その姿に、教官のみならず、私たち訓練兵、数百人の視線が刺さった。
 ベルトのより体が引き上げられるのを、手を突っ張ってエレンが持ちこたえる。逆さまにならない。ただそれだけで周囲から歓声が上がった。心なしか、アルミンの隣に立つミカサも嬉しそうだ。私もまた感情が高揚するのを抑えきれず、自然と拳を握っていた。
 だが、エレンが空中での姿勢を保てたのも一瞬で、ひとつ、息を吐いた瞬間に昨日と同様に逆さまになってしまう。
――やっぱり、ダメなのかな。
 誰もが諦めの気持ちを抱いたはずだ。背後で起こった溜息は、ひとつだけではない。
 だが、逆さまになったエレンだけは、己の失敗に抗うすべを探していた。頭の上で腕を振るうエレンは、地面を腕で押し返し、起き上がろうともがく。挽回できそうもないのに必死に抵抗する姿は見ていて痛ましいほどだ。空中に紐で繋がれた状態では、手も足も出ない。そのことを悟りながらもエレンの瞳に諦めの色が映ることはなかった。
「まだ、まだ……オレはっ!」
「……降ろせ」
 教官の低い声が訓練場にいやに響いた。いつものように張りのある怒声ではなかったが、なによりも重みのある声だった。教官の指示に従い、トーマスがハンドルを回す。次第にエレンの体が地面に下ろされていくさまを見つめながら、また強く拳を握った。
 なんとか、ならないんだろうか。人一倍自由を求めるエレンが、ここで脱落しない方法が、なにか――。
「オレは……」
 絶望を表情に浮かべたエレンは、地面に膝をつき声を震わせた。エレンの声に眉を顰めるばかりで、何も思いつくことができない自分が歯痒くて、下唇に噛みついて視線を地面に落とす。
「……ワグナー。イエーガーとベルトの交換をしろ」
「はっ、はいっ!」
 静かに紡がれた教官の声に、伏せていた顔を上げる。前方に視線を向ければ、エレンの傍らでトーマスが自らの付けたベルトを外しながら、エレンに声をかける姿が目に入った。労うように背中を優しく叩いたトーマスに応えるように、体を起こしたエレンもまた、トーマス同様にベルトの取り外しにかかった。
 一体、どういうことなんだろう。唐突な状況の変化を理解できなかったのは私だけではなくアルミンやミカサも同様らしい。何かわかる?と視線で訴えかけても、私と同じく頭を傾けるだけであった。
 だが、ベルトを入れ替え、また宙吊りとなったエレンの状況は、先程のものとは明らかに変わった。頭を地面に落とすことなく、合格した他の子達と同様に、エレンはまともな姿勢で空中に吊られている。
 難なくぶら下がったエレンは呆気にとられたような顔で、自分の体や教官へと視線を向ける。信じられない、と、その表情が語っていた。エレンの戸惑いを受けた教官が、また静かに口を開く。
「装備の欠陥だ。貴様が使用していたベルトの金具が破損していた。ここが破損するなど聞いたことはないが……新たに整備項目に加える必要があるな」
 手にしたベルトは先程までエレンが着けていたものだ。教官が示した破損箇所を探るように、自分の体に巻いたベルトに指を這わせる。ここが壊れるとエレンのように身体を支えることができなくなるのか。カチカチ、と指先で弾きながら、いまだ呆けた顔をしたエレンの様子を見つめる。
 トーマスのベルトと交換したことで、エレンに降りかかっていた禍は除去された。つまり、昨日の失態はエレンの実力不足どころか、壊れた装備で一時はぶら下がっていたということになる。エレンの執念は、他の訓練兵とは一線を画しているのだと気付くのに時間は必要なかった。
「では……適正判断は」
 震えるような、祈るような声だった。エレンの下がりきった眉は、弱々しさを印象づけるのに、それでも瞳の奥には強い光を宿している。その瞳を見返した教官は表情も動かさず、いつものように威圧感をバラ撒きながら言葉を紡いだ。
「問題ない。修練に励め」
 教官の言葉に、エレンは高々と両腕を掲げた。上を向き、言葉にならない叫びを口にしたエレンは、拳を下ろしてもなお誇らしげに笑っていた。どうだ、と笑うエレンは私たちの方へと視線を向ける。嬉しそうな様子のエレンに、ようやく、彼が望み通り訓練をパスしたことを実感する。エレンの努力が報われたことに安堵と感嘆に塗れた息を吐き出した。
「エレン! よかったね!」
 顔の横に手のひらを添え、エレンに呼びかける。私の声が聞こえたのか、エレンが一瞥を私に投げかけニヤリと笑った。
「……なんとかなったようだな」
「目でどうだって言ってるよ!」
 アルミンたちもまた、喜びに塗れた言葉を漏らす。歓喜の輪は私たちの周りだけではない。おそらく、ジャン以外の子たちはみんな、この状況を好ましく思っているはずだ。そのくらい、この場の盛り上がりをひしひしと感じた。
「違う」
「え?」
 嬉しそうなアルミンの言葉を、静かな声で否定したのはミカサだった。
「これで私と離れずに済んだと思って……安心してる」
 はっきりと口にしたミカサは、真っ直ぐにエレンを見つめていた。せつなさを浮かべた横顔を見る限り、冗談を言っているとはとても思えない。
 首を捻り、目を丸くしたベルトルトを見上げる。ミカサの言葉が冗談なのか本気なのか測りかねているのは私と変わらないようだ。
 私が見上げていることに気が付いたベルトルトの視線が落ちてくる。軽く首を傾げたベルトルトに、しゃがんで、と言う代わりに手のひらをちょいちょいと動かした。背の高いベルトルトに耳打ちするためには、背伸びするだけでは足りそうになかったからだ。
 意図するものに気付いてくれたベルトルトは、自らの膝に手を乗せながら私の口元に耳をそばだてるように上体を屈める。先程よりも距離の縮まったベルトルトの肘辺りの衣服を掴み、内緒話をする子供のように口元に手のひらを添えた。
「この子が、さっき言ってたミカサだよ」
「あぁ……なるほど」
 含んだような言い方になってしまったが、ベルトルトは私が意図するものに気付いてくれたらしく、それ以上は特に何も言わない。もう一度、かわいいかどうか、問いかけたいような気持ちもあったが、今の空気でそれを尋ねることは難しかった。



error: Content is protected !!