05

なにもかも全部、閉じ込める


 あの後、なんとなく気まずい空気のままらと別れ、同様に気まずい空気を背負った及川らとラーメン屋に入った。4人掛けのテーブルに座り、各々ラーメンやトッピング、サイドメニューなどを注文した。程なくして出てきたのはいつもの味噌ラーメンだ。食べ慣れた味のはずなのに、全く美味しく感じない。否、それどころか味自体がないとすら思えた。おかしいな、ここのラーメンって結構濃い目に作られてるはずなのに。
 つまらないことを考えながら、黙々とラーメンをすする。普段なら熱いだとか美味いだとか口々にこぼすはずなのに、今日に限ってはそれがなされない。及川でさえも黙るこの状況に、お通夜状態、というのはこういうことなのかもしれないと漠然と思った。
「まっつん、元気出して……」
 テーブルの向かいに座った及川がポツリと呟きながら俺のチャーハンの皿の端に餃子をそっと乗せた。それを横目に見た岩泉と花巻はふたりで視線を合わせ、神妙な顔つきで頷き合う。
「俺も」
「じゃあ俺も」
 及川同様に二人からもレンゲに山盛り一杯のコーンと半分に切られた煮玉子を差し出される。次々とラーメンの丼の中に落とし込まれるのを眺めながら、おう、だなんて気のない返事をしてしまう。ねぎらいか同情か。奴らの思惑は測りきれていない。
 そういう気の使われ方って結構傷つくんだけど。
 抗議の一つでもしてやろうかと考えたが、腹も減ってたし黙って落ち込んでるフリしていたら餃子もらえるというのならそれもいいかと気持ちを切り替える。
 一々、傷ついていないと主張することも、それを強がらなくていいだなんて否定されることもなんだか無性に面倒くさかった。眉を下げて小さく溜息を零すと、3人の視線が俺へと集まった。
「……どうもな」
 躊躇いがちにはなったが食べ物を分けてくれたことに対して礼を言うと、張り詰めていた空気がほんの少しだが和らいだ気がした。各々が自分の皿に向かい合う。3人の心遣いのおかげか、さっきよりも美味いと感じた。我ながら単純だ。
 麺をすする音に紛れるような小さな声で、ポツリ、と言葉をこぼす。
「別にさ、のことすごく知ってるってほどじゃないんだけどさ、結構驚いちゃったよね」
 レンゲに掬ったスープに息を吹きかけながらのことをあえて話題に出した。気にしていない、という素振りを見せることは逆に強がっているように見えたかもしれない。だけど校門前でと交わした会話は全員の耳に入っていたし、突然差し出された意外な人物の恋バナってやつを話題に上げないままでいることは難しかった。
「ほんと意外だったねー」
「な、彼氏といるとこなんて見たことねぇし」
「相手、烏野のバレー部らしいよ」
「へぇ?! マジ?!」
 俺の言葉に同調した及川や岩泉の言葉に次いだ花巻が突然落とした爆弾に、俺以上に及川が食いついた。驚いて目を丸くする俺を横目に、花巻は淡々とどこからか仕入れてきた情報を披露する。
「マジ、さっき隣にいた子に聞いた。あの子、とは中学の頃からの友達らしいし、信憑性高いと思うよ」
 らしい、だとか思う、だとか。噂にありがちな薄い根拠で塗り固めた〝事実〟を最もらしく語る花巻を咎める気にはなれない。だけど心の奥底で「らしいってなんだよ」だなんて悪態をついてしまう。首の裏を指先で掻きながら、チャーハンを口内に放り込んだ。
「烏野つったら影山いるんだろ?」
 冗談をいうタイプではない岩泉が、平然とした様子で言葉を繋げる。影山というのは例の及川の後輩のことか。名前だけは聞いた覚えがあった。他に耳にしたのは、やたらめったらトスが正確だとかそれ以上にバレー馬鹿だとかそういう類のことだけだ。人物像として思い描くに足る情報ではないが、そいつがの彼氏なのかもしれない、と思うと対戦する時に平常心で臨めるかどうか。近い未来の自分を危うく感じながらもへぇ、と軽い相槌で返した。
「げろげろ。ちゃんの株下がるわ、それ」
 なまじ関わりがあるからこそ嫌になるのだろう。ベッと舌を出してコミカルな表情をした及川は、俺以上に抗っているように見えた。よっぽどその影山という後輩がかわいくないらしい。
 くつくつと箸を持ったまま手の下で笑いを噛み殺す。俺が笑っていることに気がついた3人はキョトンと目を丸くして俺をみやった。小さく溜息を吐いて、もう一度ラーメンへと向き直る。
「今度、うちで練習試合あるんだし見れんじゃねぇの」
「トビオちゃんといちゃついてるのは見たくないなー」
「別に影山が相手って決まったわけじゃねぇだろ」
 及川のブーイングを岩泉が打ち消すのを横目に、俺は小さく笑った。チクチクと胸の奥が痛むのを誤魔化すようにスープを煽る。大きい溜息を吐き出したのは、熱かったからだ、だなんて装った。
 ――彼氏が見れるかもしれない、だなんて自分で言っておきながら、自分で傷ついてやんの。
 知らない自分が出てきたことに戸惑いながらも、適当に交わされる恋バナに、同じく適当な相槌を返した。首の裏を掻きながら赤く染まったの顔をひっそりと思い出す。
 その顔は、もう俺には向けてくれないのか。本当に惜しいことをした、と今更ながらに後悔するなんて、そんな権利は俺にはないはずだ。振っておきながら、今好きになったからって邪魔するなんてもっと出来ない。が幸せだというのなら尚更だった。
 俺にできることはただひとつ。1年前、タイミングが合わず始まらなかった恋を、諦める準備。ただ、それだけだ。



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